■劇評■(2007〜)
海外公演劇評はこちら(日本語訳
「お岩幽霊〜ぶゑのすあいれす〜」
2010年7月30日 読売新聞 「心揺さぶる人間の本性」 臼山誠
舞台は朝鮮戦争{1950〜53年)の特需景気に沸く北九州の港町。暴力、殺人、強姦……何でもありの無法地帯である。
そこへ(大戦に出征していた主人公の男が復員してくる。しかし、再会した妻は娼婦になり、進駐軍の黒人の子を産んでいた。町では、朝鮮人のぐれん隊とやくざの抗争が日常化し、誰もが他人をけ落としながら生きている。男には自分以外に頼るものがない町が、戦場以上の地獄に感じられる。そして、彼をだまそうとする男たちによって妻は毒殺され、終盤の血で血を洗うような殺りく合戦のなかで本人も命を落とす。
けんか、男女の抱擁といった肉体のぶつかり合いや接触、暑苦しいくらいの言葉の掛け合いがこれでもかと続き、むせるような熱気がたちこめる。舞台のそのエネルギーに圧倒され、くぎ付けにされた。
これを、荒唐無稽だが楽しめるドタバタ劇と見てもいいかもしれない。だが、それだけか。法律、道徳などの社会ルール、保護するもののない無秩序な世界に放り出された人間たちの素の姿に、観客の心は揺さぶられもする。
生存するためだけに生きる、むき出しの生物的な生こそ人間の本質ではないか。残酷なエネルギッシュさが生の実相ではないか。そんな訴えを聞き取ることもできるだろう。それは、極限状態に置かれたとき人はどう生きるべきかという、有史以来繰り返し問われてきた問いでもある。
人間の本性は本当に救いがないものなのか。町の外から転任してきた巡査以外、すべての登場人物が死んで幕は下りる。立ち尽くす巡査の姿は、われわれ観客の姿でもある。
「お岩幽霊〜ぶゑのすあいれす〜」 テアトロ 2010年9月号劇評
「永遠の課題、精神の廃墟」 北川登園
一九五〇年に勃発した、朝鮮戟争の特需景気にわく北九州の港町。米兵の死体処理さえ庶民の生活の糧になる。
そんな港町で愚連隊とヤクザの喧嘩の最中、戦死公報が届いていた人斬り半次こと清水(谷宗和)が、幽霊の如く軍服姿で復員してきた。
彼には岩(阿萬由美)という妻がおり、彼女は妹のエリー(坂井香奈美)と共に美人姉妹を売り物に娼婦をして生活をしのいでいた。しかも、岩は黒人兵の子供を産んでいたが、清水は初夜のやり直しから人生の出直しを決意する。男の心意気がにじみ出る。
鶴屋南北の「東海道四谷怪談」をモチーフにしているというが、たとえ髪すきの場面をこしらえても、南北の"恨み"はなく、むしろ人間に対する"優しさ"さえ感じる。焼け跡の廃墟の中でヤクザと愚連隊の抗争は、お国のためから急展開し、生きるため、復興するためのエネルギーの爆発だとさえ思える。
清水にしてもブラジルでコーヒー園を経営する夢を持っているが、南北の「金が仇の姿婆世界」に翻弄されての岩殺しだ。二層の舞台で、上では清水と彼の上官の娘との盃ごと、下ではもぐりの医者(塩野谷正幸)に毒を盛られる岩。流山児の生と死の対比の場面は、静謐な美しさを湛える。
歌あり踊りあり、活劇ありのエンターティンメント作品だが、清水のポン友で朝鮮人の新井の言葉「戦争とか、人種とか、自分のあずかり知らんところで振り回されるのが嫌だ」が、ずしりと重い。今に続く永遠の命題だからだ。
「お岩幽霊〜ぶゑのすあいれす〜」 2010年6月30日 江森盛夫の演劇袋
作:坂口瑞穂、演出:流山児祥、流山児★事務所、ザ・スズナリ。これは流山児にしかできない舞台だ。終戦直後、朝鮮戦争たけなわの時代の北九州の港町。地元のヤクザと朝鮮人の抗争に駐留米軍の日系二世がからみ、復員兵も混じって、米軍の物資を奪い合い、警察はすべてみてみぬふりをこめこんで、街はほとんど無政府状態。この街では女たちは体を売る以外生きてゆけない。坂口は南北の原作を踏まえて、お岩、お袖の姉妹をパンパンあがりの姉妹にして物語の中心に据えた。
開幕、流山児が「上海帰りのリル」を歌いながら、”パラダイス一座”の85歳の瓜生正美と伊藤弘子の老夫婦を連れて出てくる。塩野谷正幸の機能的で見事な美術、本田実の音楽が流山児の意を呈して、このジェットコースターのようなめまぐるしB級活劇を支えて、流山児の無頼の魂が全編みなぎる芝居が出来上がった。ヤクザの親分が本多チェーンの社長本多一夫。20代ら80代までの大勢の役者が活躍するこの舞台は、終戦直後の日本人・朝鮮人の活力を描き、歌や合唱の効果的な挿入は、流山児の特技であるレビュー演出の華、彼の真骨頂が横溢した実に楽しい舞台だった。流山児★事務所初出演の伊達暁が肺病病みのヤクザを演じて生彩を放ち、塩野谷・伊藤のベテランが舞台を締め、日系二世の米兵と「四谷怪談」の原作では伊右衛門の家の隣の金持ちに当たる役の二役を演じたさとうこうじが相変わらず面白い。
流山児★事務所は9月には千葉哲也の演出で「桜の園」を上演する。流山児の活力は還暦過ぎても衰えをしらないようだ。
「お岩幽霊〜ぶゑのすあいれす〜」 演劇雑誌「悲劇喜劇」9月号 演劇時評 山口宏子×河合祥一郎
編集部: 次は流山児★事務所「お岩幽霊〜ぷゑのすあいれす〜」ザ・スズナリ/作=坂口瑞穂/演出=流山児祥/美術=塩野谷正幸/出演=塩野谷正幸、伊達暁、伊藤弘子、さとうこうじ、保村大和、上田和弘、谷宗和、里美和彦、冨澤力、坂井香奈美、武田智弘、阿寓由美、荒木理恵、山下直哉、滝本直子、流山児祥、本多一夫、瓜生正美)をお願いします。日本劇団協議会の創作劇奨励公演に選ばれている作品です。
山口: タイトルから想像できるように、四谷怪談の人間関係をベースに置いた物語です。朝鮮戦争の頃の博多を舞台に、朝鮮人の愚連隊、日本人ヤクザ、警官、娼婦たちが入り乱れて生きています。 戦争で死んだと思われた男(谷宗和)が片腕を失って帰ってくる。これが伊衛門にあたる役です。彼の妻のお岩(阿萬由美)は、お袖にあたる妹(坂井香奈美)とともにパンパンをやっている。混沌とした街に「生きていた英霊」が帰ってきてドラマが動きだします。 黒テントの若い作家である坂口瑞穂さんによる台本では、伊衛門を悪者にしてないんですね。伊衛門はむしろ非常にいい人です。かっての上官から「うちの娘と結婚してくれ」と言われて、いったんはその気になったりはするんだけど。
河合:「俺には妻がいるから」と。
山口: お岩がいると言って、ちゃんと戻るんですね。むしろ悪いのは、妹の恋人(伊達暁)。肺を病んでいる朝鮮愚連隊の青年です。 恋あり、冒険あり、暴力あり、そこに戦争の傷が横たわっている。テーマ性もある活劇エンターテインメントとして楽しく観ました。「オールド・パンチ」出身の瓜生正美さんと本多一夫さんが出演していましたが、恰幅のいい本多さんはヤクザの親分役が堂にいっていました。瓜生さんの艶々としたたたずまいが、戦後を全身で表現していて、こういうキャスティングは流山児さんうまいなあと思います。塩野谷正幸さんが演じた、おそらく中国で731部隊にいたのだろうというあやしい医者が、影を抱えている存在でした。
河合:塩野谷さんは、何かを内に秘めた怖い雰囲気があって、舞台を引き締める存在感がありました。とくにお岩を毒殺してしまう場面は圧巻でしたね。
山口:四谷怪談でいえば宅悦の役どころなんでしょうが、道化っぼい感じはありませんでした。
河合:得体の知れない感じだね。
山口:いわゆるお岩の悲劇にせずに、全体に元気で押し切った感じはあると思いますね(笑)。戯曲も演出も含めてその元気が流山児★事務所。
河合:息も切らせず最後まで突っ走る演出はさすがだと思います。お岩さん役の阿寓由美さんに歌わせたりして、エンターティンメントとして成立させていますしね。さとうこうじさんと伊藤弘子さん演じる代議士夫妻が「娘と結婚してください」と人斬り半次に無理強いするとき、急に不思議な演技モードに入ったりするおかしさもうまく機能していた。役者のエネルギーがうまく発散されていて大いに楽しめました。
「お岩幽霊〜ぶゑのすあいれす〜」 2010年7月11日 熊本日日新聞 文化圏
流山児★事務所の7年ぶりの公演が7月9日熊本市健軍文化ホールで上演された。鶴屋南北の「東海道四谷怪談」を基に、劇団黒テントの芸術監督坂口瑞穂さん=玉名市出身=が書き下ろし、流山児★事務所代表の流山児祥さん=荒尾市出身=が演出した。朝鮮戦争の特需に沸く北九州市の港町を舞台にした青春活劇。約200人の観客は、20〜80代の俳優陣による、全編九州弁のせりふ回しや殺陣に見入った。
「お岩幽霊〜ぶゑのすあいれす〜」
2010年7月8日 西日本新聞 塚崎謙太郎
ギラギラした熱情をもてあまし、手なずけながら、生き急ぎ、疾走する男たちと女たち。目の前で繰り広げられているのは「芝居」であるはずなのに、彼らの人生を間近で目撃してるかのような興奮におそわれた。
戯曲は坂口瑞穂=熊本県玉名出身= 演出は流山児祥=同荒尾市出身=のコンビがつくりあげた、重厚で熱い群像劇「お岩幽霊ぶゑのすあいれす」(6月29日、東京のザ・スズナリ)に、舞台と客席を隔てる境界は存在しなかった。
1905年6月、朝鮮戦争の特需景気で活気あふれる九州の港町。戦死したはずの男(谷宗和)が10年ぶりに舞い戻ってくる。かつてこの町で「人斬り半次」と呼ばれ、お岩(阿萬由美)という妻がいた。だがお岩は生きるために体を売り、米兵の子どもを産んでいた。半次の友人、新井(伊達暁)は米軍トラックから物資を強奪し、地元の博徒と抗争を繰り返していた。お岩の妹、警察官、代議士、もぐりの医者、死体処理請負人も絡み合いながら「東海道四谷怪談」を大胆に翻訳した活劇は、悲劇へと向かっていく。
集団の歌と踊り、激しい殺陣も見どころだが、最大の魅力は個性の強い役者陣だ。20代から80代まで、層の厚い役者18人。その一人一人が熱を体から放ちながら、物語の世界に存在していた。半次役の谷を含む9人が九州出身であり、生きた九州弁がドラマを支えた。
60年前、これほどに人間は熱く生きていた。翻って、いまの私たちはどうか。ジェットコースターじみた活劇の興奮からさめたとき、受け取ったメッセージの重さに気付くだろう。
楽塾公演 「ほろほろと、海賊」 江森盛夫の「演劇袋」
2010年5月3日
13年目の楽塾の熟年女性メンバーは鮮やかに一皮むけた。舞台でどうどうと演技を楽しみ、全員芝居の腕も上がった。
佃の脚本も良くて、10数人のメンバーにそれぞれ見せ場をつくり、話の起承転結も無駄がなく、人物も話もぐいぐい客を引っ張った。最近ではオレには佃の最高の作品に思える。長野県の湖に浮かぶ水上レストランが閉店を余儀なくされ、伝説の名人シェフはカスピ湖の世界最高の岩塩を求めてアゼルバイジャンに行ってしまう。残された女給仕たちは男装して海賊になるしかなく、町の住人と対立するという荒唐無稽な話だが、一場一場が面白く、副人物たちも多様で飽きさせない。
みんなの腕が上がったから、ミュージカル仕立てにし流山児の演出も冴えに冴えた。歌を芝居のかすがいにしてスピーデイに芝居を運ぶのは流山児の独壇場だ。1時間20分のあっという間のジェットコースターだった。しかし、舞台に重みを与え支えたのは客演した肝付兼太と戌井市郎というパラダイス一座の重鎮だ。特に伝説の名人シェフを演じた戌井の当たりを払う存在感は畏怖さえ呼び起こす。
楽塾公演 「ほろほろと、海賊」 「演劇定点◎カメラ」 ねこ
2010年5月21日
舞台。斜めった柱がいくつか。壁際に倒れかかる板。 お話。斜陽のリゾート村。湖上にある海賊船を模したレストラン。幻の岩塩を探しに
カスピ海へ旅立った料理長を待つ間に海賊のよになってしまった女従業員。「彼ら」
を追い出し、記念館を建設しようとする役所と主婦達。海賊船を守るかのように潜む、怪獣がため容易には近寄れない。そんなところに謎の中年カップルがやってきて。
溢れる演劇愛、滋味ある役者と演技にほろほろするねこ。
歌とモブダンスが一杯の音楽劇体裁。急転する物語、散りばめた言葉とキャラ遊びがテンポよく繰り出され乗ってのせられて楽しい一時。達者な演技に、人生経験なのか滋味を乗せる役者達が とても魅力的。演ずることの喜びがダイレクトに感じられて、思わず微笑むねこ。
御大・戌井市郎さんの渋くも洒落た演技も○。オールドパンチの復活も予定されているらしく、また楽しみが増えたねこ。
楽塾公演 「ほろほろと、海賊」 「梁塵日記
」 2010年5月1日
佃典彦の書下ろしを流山児祥が演出。カスピ海の岩塩を求めて旅立った伝説の料理長の帰りを待ちわびるうちに海賊に身をやつした湖上のレストランの女従業員たち。彼らを追放しようと画策する「記念館建設」の主婦連、湖に住み海賊を守る怪獣。そして謎の中年不倫カップル。 失礼ながら、平均年齢58歳、70代もいる素人役者の芝居には期待しなかった。93歳の戌井市郎さん目当てだった。が、戌井さんは体調不良で休演。残念。
が、ステージが始まったら、役者たちに釘付け。出だしは「なんだこりゃ」。素人とプロの役者の違いは舞台にどう立つか。その立ち姿が違う。どんなヘタな役者でもプロはプロ。舞台に違和感なく立てる。しかし、素人はそうはいかない。見ただけで違和感ありすぎ。確かに、いくら稽古したってしょせんは素人。ところがぎっちょん。芝居が進むうちに、うまいヘタじゃない、今その場で役を必死に演じている役者たちの存在感が異様に膨らんでいく。つまり、役者がうまくなるにつれ、どんどん捨てていった夾雑物の残滓が、彼らにはまだ残っている。その夾雑物が魅力となって観客を圧倒するのだ。
つまりは役者の存在そのもの魅力。これにはびっくりした。確かにうまい人もいる。というより、皆さん、芝居が達者だ。スピーディーな展開、言葉遊びによくついていける。その達者ぶりには、大笑い。近頃こんなに快い笑いをしたことがない。それもこれも、舞台で演じている役者たちの演劇への真摯な愛情が伝わってくるからだ。 ゲスト出演の肝付兼太さんや代役の流山児祥よりことによると上手い。
楽塾公演 「ほろほろと、海賊」 「芝居漬け」 田中伸子
2010年4月27日
「ひとは元気で楽しいものを見ると元気で楽しくなる」をモットーに13年目を迎える中高年劇団=楽塾。 このスローガンを掲げ、毎年G・Wの時期に定期公演を続けている「楽塾」、流山児祥率いるところの劇団が今回は本拠地のSpace早稲田で佃典彦による書き下ろし(プラスあて書き!?)の新作を上演。
歌あり、踊りあり、コスプレあり(??)、演劇界の重鎮ゲスト出演あり、の盛りだくさんの内容でスローガン通りの舞台を見せてくれた。
何と言っても楽塾の役者ありきの芝居なので、戯曲の意図は?作者の訴えたい事は??なんて堅苦しい事は言いっこ無し。はなから、とにかく役者一人一人を観て楽しんでくれ!!と言わんばかりのサービス精神いっぱいの1時間半。伝説の料理の超人、三ツ星鯛一郎(戌井市郎/流山児祥のダブルキャスト)の帰還を待ち続け、湖上にうかぶ落ちぶれたリゾート地のレストランで海賊になってしまった元の従業員たち、とその海賊船レストランを改造して地元の名士の記念館を建てたいと画策する市民団体のおばさん達。
舞台狭しと個性溢れるおばさま女優の皆様がたがテンポ良く、歌声軽やかに、軽妙なコメディを繰り広げて行きます。で、今回の目玉が何と言っても、流山児が率いるもう一つの高齢者劇団(こちらは劇団関係、演出家、劇場主など、の高齢者から成る)からの特別ゲスト、前述の戌井さんと肝付兼太さん、このお二人と楽塾女優陣との共演だろう。
絶妙なチームワークを見せている。
いつも観客席側にいると、どうも演劇は観るもの。という観念から抜けきれないようになってしまっているのだが、今回の公演では「演劇は自らやるもの」と考えても良いのでは?という、新鮮なメッセージを受け取る事が出来た。
演劇教育という理念の中にも、先日岩井秀人さんがインタビューでも語っていたように・・・・もっともっと演劇に関わる=自らで演劇を作る(鑑賞して批評するだけでなく)を積極的に勧めていくというアプローチが加われば良いなと感じた公演でした。
「標的家族!」 テアトロ 2010年 6月号 フリンジ系評判記 浦崎浩實
「標的家族!」 はコワい芝居。
助けた相手の一家が日常的に受けているらしい世間からのいじめが、じわじわと主人公一家にも[感染]してくる。
なさそうで、ありうる現代社会の不気味な気流をホラー化した秀作。
「標的家族!」 江森盛夫の「演劇袋」 2010年2月2日
佃のテクストがいい。鋭利で巧みで面白い舞台だった。特定の家族を標的にして、子供じみた悪意でその家族の不幸につけこんで一家を破滅させてしまう、今の日本人の徹底したエゴイズムの荒廃感が舞台にむんむん漂よった。小林の演出もきっちり佃のテクストを生かした立派なもので、美術の小林岳郎も狭い空間を驚くほど立体的に見せた。演技陣も客演の下総源太朗を中心に文句のつけようがない芝居に仕上げた。ただ、最後に近づくと、盛り上がりが過剰になって批評性が薄れてゆき、スペクタクルになってしまった感じが残
った。
「田園に死す」 雑記帳(1) 「もずくスープね」2009年12月23日 あんどうみつお
And life is like a dream
Dream
The dream I long to find
The movie in my mind
(ミュージカル「ミス・サイゴン/The movie in my mind」より)
◆
もし寺山が生きていたら74歳の誕生日となったであろう2009年12月10日に、流山児★事務所『田園に死す』(原作:寺山修司、脚色・構成・演出:天野天街、音楽:J・A・シィザー、企画・出演:流山児祥)が開幕した。寺山修司の監督した長編映画『田園に死す』(制作・原作・台本・演出:寺山修司。撮影:鈴木達夫。音楽:J・A・シーザー。美術:粟津潔。意匠:花輪和一。出演:八千草薫、春川ますみ、新高恵子、高野浩幸、菅貫太郎、他。制作:九条映子、ユミ・ゴヴァーズ。配給:ATG)が公開された1974年(昭和49年)12月28日からは、約35年後にあたるタイミングでもある。
映画『田園に死す』は、通常「寺山の自伝的映画」と紹介されるが、注意すべきは、けっして自伝映画ではないということだ。あくまで自伝「的」、あるいは自伝「風」映画である。「私」の過去を映画にしようとするものの、そこに真実を描かなかった現在の「私」が、過去の「私」に真実を伝えようとするメタ・ムーヴィーである。しかし、そこで語られる真実もまた、実は真実ではないということを、現在の観客たるわたしたちは知っている。
◆
「これは一人の青年の自叙伝の形式を借りた虚構である。われわれは歴史の呪縛から解放されるためには、何よりも先ず、個の記憶から自由にならなければならない。この映画では、一人の青年の“記憶の修正の試み”を通して、彼自身の(同時にわれわれ全体の)アイデンティティの在所を追求しようとするものである」(寺山修司/「『田園に死す』演出ノート」より)
◆
「終わったことは全て虚構に過ぎない」「歴史はどうにでも組み立て直すことが可能である」と考えていた寺山は、自身の過去も映画の中で組み立て直そうとする。しかし、組み立て直そうとしても完全に組み立て直しきれない「私」もまた、映画の「私」の中に、そして作者=寺山自身の中に潜んでいるらしい。
◆
「どこからでもやりなおしは出来るだろう。母だけではなく、私さえも、私自身がつくり出した一片の物語の主人公にすぎないのだから。そして、これは、たかが映画なのだから。だが、たかが映画の中でさえ、たった一人の母も殺せない私自身とは、いったい誰なのだ?!生年月日、昭和49年12月10日、本籍地、東京都新宿区新宿字恐山!!」(寺山修司/『田園に死す』シナリオより)
◆
この映画を通じて、あるいはこの映画のベースにもなっている彼の自伝的歌集(もちろん、これも自伝を装った自伝「的」歌集である)『田園に死す』において、寺山は、「私」の解体を試みる。では、なぜ「私」は解体されなければならないのか。それは、「私」=「自我」の重力に呪縛されていたからである。その背景には、「死」と隣り合わせの健康問題、母親との複雑な関係性、などなど、寺山ならではの特殊な事情が色々あったと考えられる。そんな「私」を解体し、自由になるために、寺山は、映画という表現媒体を夢のように機能させたのではないだろうか。
自身の欲望やら原風景やら幻視的オブジェやら現実的記憶やらを、フィルムの中に織り込んでみせた。フェデリコ・フェリーニの『8
1/2』や『アマルコルド』の手法をさらに過激に推し進めたともいえよう。これによって、たしかに「私」の解体は進められたのかもしれないが、本当に個の記憶から自由になったといえるのだろうか。そのことでますます「私」の内的な全体像が浮かび上がるというパラドックスが生じたとはいえないだろうか。かくして「私」はいよいよ謎を深めるばかりなのだ。
とはいえ映画『田園に死す』は、寺山修司があらゆるジャンルで繰り広げた表現活動の中でも、最高峰の作品と一般的に評されている。彼の思想や方法論さらには内面的主題が詰め込まれているうえ、ヴィジュアルも音楽も撮影も、すべて独特で完成度が高い。公開当時、キネマ旬報1975年日本映画ベスト10では、第1位『ある映画監督の生涯 溝口健二の記録』監督:新藤兼人(ATG)、以下、第2位『祭りの準備』監督:黒木和雄(ATG)、第3位『金環蝕』監督:山本薩夫(大映)、第4位『化石』監督:小林正樹(東宝)、第5位『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』(松竹)といった名作群のひしめきあう中、『田園に死す』は第6位につけている。尋常ならざる幻想実験映画としてはまあ健闘といってよいかもしれぬ(それにしてもATGの多いことよ)。
わたしは、公開から4年後、たまたま学校をさぼり観た。うぶで多感な高校生にとって、これほど圧倒された映画は他になかった。以来、現在に至るまで生涯のベスト1映画である(流山児祥氏に言ったら「変わってるねえ」と言われた)。この映画をきっかけに、寺山の他の映画や演劇(劇団天井桟敷)なども観るようになるが、『田園に死す』を超える衝撃はなかった。併せて、J・A・シーザーのことも、音楽の仕事を中心にそこそこ追っかけているが、わたしの中での最高傑作はやはり『田園に死す』の音楽なのだ(ジャパニーズプログレファンの間では御詠歌ロックの金字塔なども言われているらしい)。映画を観た頃には既にサントラ盤(アナログレコード)は入手不可能だったが、大学に入ると増山さんという先輩が所持していることを知った。そこで無理を言ってお借りし、テープにダビングさせてもらった。以来、2002年8月にデジタル・リマスタリングでCD復刻されるまで、20年近く、自分にとっては最も貴重な音源として大変役立っていた(親切だった増山先輩には改めて深謝!)。
「2009年12月に流山児★事務所で天野天街が寺山修司作品を手がける」、しかもそれがわたしにとって最も愛着の強い映画、『田園に死す』だと知らされたのは1年ほど前のことである。わたしの心境は少々複雑だった。『田園に死す』は、過去にも幾度か舞台化されたことがある。わたしは、その中の1つ、劇団☆APB-Tokyoの上演を3年前に観たことがある。寺山への熱烈なリスペクト精神が、この難物に挑む心意気やよし、されど、戦略性の乏しい分、どうしても粗がめだってしまい、ノスタルジーの域を超えるものにはなりえてなかった。まあ、そういうものはまだ微笑ましい。しかし、天野が手がけるとなれば、微笑んでもいられない。というのも、天野天街は、わたしが最も強く興味を抱き続けてきた演劇作家だからだ。
天野天街。名古屋を拠点に、劇団少年王者舘を主宰。極めて独特な作風の舞台作品の劇作・演出を数多く手かげてきた。また、もともと自劇団のチラシのために始めた独自のコラージュ美術が注目され、数多くの演劇公演の宣伝美術や、書籍の装丁に起用されている。さらには、映像作家としても活躍。なかでも1994年監督作品『トワイライツ』はオーバーハウゼン国際短編映画祭で日本人としてグランプリ初受賞(ちなみに寺山修司は1975年のオーバーハウゼン映画祭において『迷宮譚』で銀賞)。このように、ハイブリッドな多面体というべき天野天街が、寺山という大いなるハイブリッド多面体の、集大成とも結晶体とも称せられる映画作品を、一体どのように扱うというのだろう。まず、そう思った。
天野はかつて、澁澤龍彦『高丘親王航海記』、鈴木翁二『マッチ一本ノ話』、しりあがり寿『真夜中の弥次さん喜多さん』の舞台化において、原作の風味を損ねることなく、大胆に自らの演劇ワールドへと移植/転換/翻訳させることに成功せしめている。とはいえ、今回の取り組み相手は、寺山修司の映画『田園に死す』という、相当に手強い難物ではないか。…しかし、である。天野の思考回路は、まるで「夢」の如し。作劇においても「夢」の技法を駆使することで、「夢」的な原作を、舞台上の「夢」として描くことを可能たらしめてきた。
もちろん天野のソレは、陳腐で凡庸な「夢」的表現とは一線を画す。フロイトは「夢」の仕事の例として、置換・圧縮・視覚化・象徴化などを挙げたが、これらはとどのつまり「夢」の「編集」作業と呼べるだろう。天野は、自らまるごとマルチな「編集」アプリケーションソフトと化して、ストーリー、台詞、美術、音、文字、身体、さらには時間、空間、記憶、演劇的決まり事に至るまで、あらゆるリソースを、編集可能なマテリアルとして扱うことで、大胆な「編集」作業を進める。そこでは時間を行ったり来たりさせることなど当たり前。一人の登場人物が複数に分裂するなども日常茶飯事だ。切ったり貼ったり読み換えたりひっくり返したりのコラージュ的「編集」作業の過程において、事物に潜む思いがけない本質が偶然浮かび上がってくる。それらをさらにつなぎあわせて、リアルな夢の感触を構築する。そうなるまで、たとえ「遅筆」の誹りを受けようと、天野は執拗なまでに、「編集」を繰り返すのだ。すなわち、彼こそは「夢の編集職人」であり「偏執狂的編集狂」なのである。
そこで思い出されるのは、寺山修司の諸作品もまた、コラージュ性ないし「編集」性に満ち溢れていることである。いまや国語の教科書にも載るほどに有名な「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国やありや」(第一歌集『空には本』「祖国喪失」より)という歌も、富澤赤黄男の俳句「一本のマッチをすれば湖は霧」「めつむれば祖国は蒼き海の上」をコラージュしたものではないかと言われている。そのため盗作問題にまで発展したこともあったが、結果的として圧倒的に強烈な印象を人々に刻印したのは寺山の「マッチ擦る…」の短歌のほうであって、つまりは卓抜した「編集」能力の勝利といえる。天野との違いといえば、寺山の仕事のほうが、諸局面において教養人・知識人としての意識的な力を感じる。天野のほうは幾分、無意識的な作業の中から思いがけない偶然の効果を生み出すことが得意のように見受けられる。
ともかくも、寺山という編集職人の仕事を、天野という編集職人がさらに「編集」すると、どうなるのか。しかも『田園に死す』は、寺山において映画=夢ともいえる。その夢の土俵で、夢職人たる天野はどのような戦略を描き、どのような仕掛けを発動させたのだろうか。
◆
昭和十年十二月十日に
ぼくは不完全な死体として生まれ
何十年かかって
完全な死体となるのである
そのときが来たら
ぼくは思いあたるだろう
青森県浦町字橋本の
小さな陽のいい家の庭で
外に向かって育ちすぎた桜の木が
内部から成長をはじめるときが来たことを
子供の頃、ぼくは
汽車の口真似が上手かった
ぼくは
世界の涯てが
自分自身の夢のなかにしかないことを
知っていたのだ
(寺山修司「懐かしのわが家」より)
◆
寺山修司は、映画『田園に死す』が封切られてから約8年半後の1983年(昭和58年)5月4日午後12時5分に、阿佐ヶ谷の河北総合病院にて死んだ。常に「死」と隣り合わせだった寺山にとって、それは「完全な死体」になることだった。その一方で、彼は「世界の涯てが自分自身の夢の中にしかない」とも書いた。そこで天野がまず企てたのは、寺山の夢=映画の内側に入り込み、「世界の涯て」=寺山の死の瞬間に時計の針をセットしたことだった。そうして、果たして本当に夢の中に「世界の涯て」があるのかどうかを問うたのではないだろうか。
「田園に死す」 雑記帳(2) 「もずくスープね」2009年12月23日 あんどうみつお
映画『田園に死す』が、寺山修司自身による短歌朗読で始まることはあまりに有名である。一方、流山児★事務所の演劇版『田園に死す』は、思いがけない始まり方で観客を呆然とさせるのであった。
場内アナウンス「本日はご来場くださいま(して…)」の「ま」の音に頭の音がかぶさりながら「マッチ擦るつかのま」という台詞が突然発せられると共に、実際にマッチが擦られることによって暗闇に束の間の演劇空間が垣間見える。と、続いて「つかのま」の「ま」にかぶせれられるように、別の俳優によって「マッチ擦るつかのま」が発せられ、さらに別の俳優へと次々に連鎖してゆく。こうして、みるみるうちに舞台上には「マッチ擦るつかのま」の「間」=「演劇空間」がどんどん穿たれてゆき、続いて、その他の寺山短歌群が洪水のように詠み出されれることで観客は、寺山をめぐる劇世界の中に、否応なく吸い込まれてゆくのだ。
そして遂に映画冒頭の寺山修司の声が舞台に降りてくる。「大工町米町寺町仏町老婆買う町あらずやつばめよ」「新しき仏壇買ひに行きしまま行方不明のおとうとと鳥」(歌集『田園に死す』より)。こうして観客に少しも息を継がせぬまま、舞台は映画『田園に死す』の主題歌、J・A・シーザーの最高傑作「こどもぼさつ」の、全劇団員による合唱に突入する。
寺山ファンならば、天井桟敷の『盲人書簡』における、苦力が次々にマッチ擦る場面と融合するように、かの有名な「マッチ擦るつかの間海に霧ふかし身捨つるほどの祖国やありや」の一節が、かくも効果的に使われることに早くも感銘を受けるかもしれない。天野天街のファンならば、『マッチ一本ノ話』『マバタキノ棺』を頭によぎらせながら、瞬間の中に永遠を宿らせる儀式に、進んで己が身を投じるかもしれない。ともあれ、われわれ観客は、あれよあれよという間に『田園に死す』の世界へと引きずり込まれてしまったのである。
そこからしばらくは、映画『田園に死す』の流れに沿いながら物語が進行してゆくと見せかける。が、細部においては忠実ではない。主題歌明けての、最初の場面、故障した柱時計をめぐる主人公シンジの母と隣家の主人のとめどなく反復する会話。天野は柱時計と共にそこに流れる時間自体をも壊してしまうのだ。
観客はこの段階から、線的で一方通行的な現実の時間感覚を、徐々に失わされてゆく。その後も、この種の反復が随所に差し挟まれてゆくことで、観る者は、知らず知らずのうちにアナクロニスム(時間錯誤)の森に、奥深く、迷い込まされることとなるのだ。その頃になると、「昭和五十八年五月四日。敗血症」とか「あと三十五年…やりたいこと…やるんだぜ」といった、不吉な臭いのする言葉がさりげなく囁かれるのをわれわれは耳にするようになる。
寺山修司は、事実として昭和五十八年(1983年)五月四日、敗血症で47歳で死ぬのである。そして、芝居の主人公シンジは、「東京タワーは昭和三十三年(1958年)に建つ、まだ十年も先のことだよ」と語ることによって、とりあえず今、昭和二十三年(1948年)に生きていることがわかり、寺山修司の年表に照らせばそれは12歳ということになる。つまり寺山が死ぬ47歳まで、あと「三十五年」なのだ。
そのことに気づくならば、舞台中央の、壊れた柱時計の針がずっと同じ時刻に止まっていることに誰かが注目するかもしれない。12時5分。それは寺山修司の死亡時刻である。この演劇作品は、寺山修司が阿佐ヶ谷の河北総合病院で死んだ12時5分、その直前の刹那=マッチ擦る束の間に展開した「夢」であると、そのように設定したと、見てとれるのだが、どうだろう。
そう意識した頃には、主人公シンジの住む村にサーカス小屋がやってくるのだが、原作の映画『田園に死す』のサーカス小屋シーンとは少々異なる話が展開されてゆくことに、われわれは「おや?」と思う。ここでは、一人の人物が二人に分裂・増殖する(実際の双子の俳優がつかわれる)スケッチや、(寺山が少年期に愛読したという)明智小五郎と小林少年率いる少年探偵団が登場するスケッチ、また、役者を演出する演出家のスケッチ、などが描かれる。
少年探偵団は、団員の一人<ゼンマイ仕掛けの腹話術人形>がはぐれてしまい、団長の<小林少年>がそれを探そうとする。<小林少年>は無線トランシーバーを通じてその声を<ゼンマイ仕掛けの腹話術人形>の口にとばすことができる。<ゼンマイ仕掛けの腹話術人形>は<ワタシの本体であるワタシ>=<小林少年>を探さねばならないのだが、<小林少年>の言葉が口から出てきてしまうために、うまく<小林少年>を探すことができない。一方、<小林少年>は、すぐ後方に来ている<ゼンマイ仕掛けの腹話術人形>が、自分の声と同期してしまっているので、それと気づかずに前方を探し続けてしまう。こうしてこの二人は、それぞれ探す対象を探しあてることができないまま、周辺をぐるぐると、とめどなく回り続けることとなるのだ。この状態は、映画『田園に死す』における「私」探しの主題とも大いに関係するものではないか。だとすれば、劇中の<作者の分身>は<作者>を探すことができるのか。
次に、役者の演技にダメだしする<演出家>、しかしその<演出家>は、実は<<演出家>を演じている役者>であり、彼の演技にダメだしする<別の演出家>が現れる。しかし、その<別の演出家>も<<別の演出家>を演じている役者>であって、その演技にダメだしする<さらに別の演出家>が現れる。しかし、その<さらに別の演出家>の演技もまた、いままでの役者たちがダメ出しをする。マトリョーシカのような入れ子構造が、いつしか円環構造を形成するのである。実は、この種の円環構造が、この芝居の大きな鍵を握ることになることを後にわれわれは思い知らされるのだ…。
こうして、<異界>=<外部>から訪れたサーカス小屋でシンジが出会った体験は、この後の劇の新たなる展開に向けた、通過儀礼とも煉獄体験ともいえそうだ。この後は、原作映画からのストーリーの乖離がますますエスカレートする一方で、寺山修司の色々な作品の断片や、彼の生涯や死にまつわる断片が、次々に闖入し、虚構と現実が入り乱れて、天野的流儀でコラージュされてゆく。さしづめ、サーカス小屋は、ある意味、寺山ファミリーの<外部>であり<他者>である天野が自分のドラマトゥルギーを全開にするキッカケを示すための装置なのではなかったろうか。同時に、それ以降は、寺山修司が死の床の夢で見ている走馬燈世界が、舞台上にどっと流れ込んできたようにも見えた。
「田園に死す」
文藝軌道 2010年4月号 「2009年秋から冬の舞台 劇評」 野平昭和
一九七四年、寺山修司自身が製作した映画「田園に死す」が公開された時、奇妙な異和感の中で見た記憶が蘇ってきた。
それまで舞台を通じて、あるいは活字で、幾度となく寺山自身が語ってきた (もちろんフィクションを混えてだが)世界を、「記憶」というキーワードを使いながら更に新しく自伝を綴った作品として、これほど贋の自伝を手を変え品を変え作り続ける寺山の情熱に、却って傷ましいものを覚え、共感から遠退いたさびしさを味わったからかもしれないと思ったからだった。
荒筋を書けば、母ひとり子ひとりで恐山の麓に暮らしている少年が、母と衝突しては恐山のイタコに亡き父の霊を呼び出してもらって父と話すために出かけ、一方、隣の家の若妻が好きになり、二人で家出をしてしまう、という話を、映画監督の自分が作っている自伝映画として見せる仕立ての話である。青森の市街が恐山の麓に変った、……というようなフィクションのことではなく、カメラというものは、山も樹も草も線路も、少年も、人妻も、その細部の不必要な部分まで撮り込んでしまうので、嘘と真実の差異は消えてしまい、映像上はすべて真実に転化してしまうことの、異和感と空しさが逆に観客にしっかり伝えられてしまうのだ。
まだ四十前の若い身空で、生臭い母を抱えた身では、記憶をナマのまま復元出来ないもどかしさの中で製作されたにちがいない、と勝手に決めてから十年も経たないうちに、本当に四十七歳で世を去ってしまった寺山の遺作自伝映画を、まったく異なる視点から、遥か後代に生を受けた天野天街が再構築した舞台であることを知り、それこそ古い記憶とは無縁の、新作に接した時と、同じ気持ちで見られた。 寺山が今、この新作を見たらどう思うだろうと考えたのも一興だった。
企画の流山児祥の言葉によれば、映画「田園に死す」=「詩と死と私」の幻想世界を《現在の視点》で大胆に批評・シャッフルし、言葉と身体と映像の「『世界が眠ると言葉が目をさます』叙事詩劇として見事に再編集した。」とあって、なるほど、と舞台の成果と重ねて納得した。そしてそれこそまさにアングラ演劇の王道 (予盾した言い方だが)だ、と感心した。
寺山がこだわって描き切れずに歯切れ悪くもたつく淀んだ世界(戦争、父の戦死、農村、東京、「身を捨つるほどの祖国」、「悲しき口笛」等の)の沼から這い上がれない記憶の世界とは無縁の、SF的、無機質の、ぴかぴか光る冷たい世界の(まさに今の世の)、「振り落とされないようにご注意」と警告された舞台だった。
寺山と同じ淀んだ沼でもがいてきた老観客である筆者は、ただ呆然として舞台を眺め、蹌踉としてザ・スズナリを後にしたのだが、新三次元映画まで出現した現在、映像、群舞、暗黒、光のメカニックな世界に情念の世界を解放した舞台として、寺山作品が内包していた核の部分が拡大解放された成果と捉えれば、寺山の霊も浮かばれる筈だと信じたい
「田園に死す」
テアトロ 2010年3月号 「劇評 歯ごたえのある舞台」 丸田真悟
流山児★事務所の「田園に死す」 (原作/寺山修司、脚色・構成・演出/天野天街) は一九七四年公開の同名映画を下敷きに舞台化したもの。映画は、母親と故郷からの逃避とその失敗を描いた自伝的性格の強いもので、現代の自分が過去の自分に遡り、それを自伝として映画に撮る過程を映画にするという二重三重のイメージのコラージュが独特の映像美で表現されていた。
この極めて芳醇で堅牢な寺山の世界を、天野は個の肉体と言葉を捨てて、集団の身体と音声によって独自の演劇空間として立ち上げた。
群衆が暗闇の中でひとりずつマッチを擦っては言葉を吐き出す幕開き、あるいはひたすらに同じ台詞を繰り返す場面、次から次に寺山のキーワードをしりとりのように繋いでいくラストシーン、さらに舞台全面にカラスの群れが飛び回る映像の中で俳優たちが語る場面や地面の穴に吸い込まれていくシーンなど、群衆処理と映像的手法に巧みな天野の演出は寺山との資質の親和性を感じさせる。また、映画では見せ物小屋の奇怪な人間たちが独特のキッチュな印象を創り出していたが、舞台では全員で歌い踊るシーン (音楽/J・A・シィザー、振付/夕沈)が観客の緊張を解してくれる。
「田園に死す」
悲劇喜劇 2010年3月号 「2009年演劇界の収穫」 高橋敏夫
「田園に死す」(寺山修司原作、天野天街脚色・構成・演出、流山児★事務所)最初から最後まで執拗に「反復」を炸裂させる天野天街(脚色・構成・演出)のくわだてに、流山児祥をはじめ流山児★事務所の不逞の輩がひとりびとりの炎をかかげ騒然と合流、寺山修司版「自同律の不快」を今に赤々と燃えあからせる。やりなおせ、やりなおせ、性懲りもなくやりなおせ、というメッセージが、寺山おなじみのおわりがはじまりの曙光へと変じ、劇場スズナリの急傾斜の階段を舞台中央に照らしだす意表をつくラスト、劇場は一瞬の沈黙ののち深い感動につつまれた。
「田園に死す」
公明新聞 2009年12月18日 今野裕一
流山児祥のプロデュース、天野天街の脚色演出・構成、そしてキャラクター豊かな38人の役者たち。
オーディションによって役者を集め、さらに長期間の稽古をして初日を迎えた。
天野が主宰する少年王者舘の劇団員でもないのに、あの独特の幾何学的ダンスを38人が見事なアンサンブルで踊っていることでも稽古充分は見て取れる。それだけでもまず見る価値がある。これが演劇というものだ。
舞台初日は、寺山修司の生誕日、本当に良い供養になる。芸術家への供養は、作品の先鋭性を理解しそれを乗り越えようとする姿勢で成り立つ。愛で敬っているだけでは駄目なのだ。寺山修司の映画『田園に死す』を戯曲に書き換え、今の地点から寺山修司の演劇的手法と生き様をクリティカルに描く。それでいて面白い。
とてつもないことを天野天街はして見せた。もちろんこの成功には、流山児祥のプロデュースの力も大きい。
流山児祥は、今回、役者としても舞台に上がっているが、なんとも良い演技だ。
長い間、劇団を率いてプロデューサーとしても活躍している。にもかかわらずそのキャリアがないもののように新鮮に舞台に上がっている。その時、舞台での経験は不思議な昧になってでてくる。
流山児は若手の劇団の活動にも積極的にコミットしている。同じ地べた、同じ板の上に立ってつきあっている。なかなかできることではない。その視線で天野を選び、寺山を見ている。天野天街の舞台演出は、もともと映画的な手法や文法を演劇に持ち込んだものだ。
映画『田園に死す』を舞台にするのは、まさに水を得た魚のようなもので、寺山修司という虚構をこよな
く愛した演劇人を何人もの寺山修司、何人もの寺山の母を登場させて寺山ワールドの表裏を見せている。
『ハイライフ』
2009 年9月24日(木) マカオディリー 『ハイライフ』が吹かせた暴風 李宇樑
最近の観劇経験から、面白い芝居が見れるかどうかは本当に「運」にかかっていると感じている。探していてもなかなか見つからない。ヒューコック実験室で上演された『ハイライフ』のように。これを見逃した演劇人は遺憾には思わないかもしれない、が、それは損失に値するだろう。
『ハイライフ』はカナダのリー・マックドゥガルが10数年前に書いたブラックコメディーである。その内容は暴力、ユーモア、荒唐無稽、色々なものが含まれている。1996年、トロントの初演以来、何度もカナダで上演され、今回は日本のアングラ劇団流山児★事務所によって、カナダバージョンと日本バージョンという二つのスタイルの作品をマカオに持ってきた。私が見たのはカナダバージョンである。
劇場に入ってみると舞台後方には大きな銀幕がかかり、ハリウッドの60年代の白黒映画が放映され、まるでハイライフの予告編を観客に見せているようであった。
物語はディックの銀行強盗をして大もうけをしようと言う計画に始まり、バグ、ドニーそしてビリーをそれぞれを説得する。4人の性格の違いは鮮明である。4人の共通点はモルヒネを嗜好するという点だが、お互いの間で摩擦が起こる。デックの計画は天衣無縫聞こえるが、バグは毎回牢屋に入ることになる。今回の計画も同じだ。銀行のATMが壊れたと言い、そこに武装をしていない修理屋が来ると、ATMのお金を奪おうというのだ。4人が車の中で待つプロセスの中でたくさんのユーモアとブラックユーモアが起こる。観客はお腹を抱えて笑っていた。例えば車のそばを警官が通る時、駐車違反だと疑ったり、免許所を持っていなかったり。そして最後に4人は対立し、凶暴な性格のバグは事なかれ主義のビリーを殺してしまう。ディックの命令の下、全ての罪を気が小さいドニーに押しつけてしまう。皮肉なことにディックはずっとドニーにバグから守ってやると言っていた。観客は彼らの性格的矛盾と葛藤のプロセスの中で、滑稽荒唐が暴力兇暴へ変化することを目撃する。荒唐無稽と演劇の張力を十分に表現しているのは、演出家・流山児祥の功労なのである。
『ハイライフの』セットはとてもシンプルで、多くのシーンは役者の動作で表現される。車の中でのシーンは丸椅子が4個あるだけである。その体と動作で観客に車のイメージを与える。正確な効果音が車の設備を描写する。四人のジャンキーは、小劇場のなかで幾度となく薬を注射し、観客は本当に打っていないと知っていても、身が痺れる思いを体験する。
3人の役者は50前後の中年であるが、敏捷な動作はとても細かく的確で、パワーがみなぎっている。その中でもドニーを演じる保村大和は特に表情が豊富で、目の表現が印象に残っている。
『ハイライフ』の作・演出・俳優・スタッフ共にハイレベルが結集しこのような感動を作り上げた。さらに小劇場という共鳴空間で直接観客の腎臓に暴風を吹かせた。
『ハイライフ』 2009年9月27日(日)
文匯報 ─《高級生活》日本の小劇場『ハイライフ』を語る 文:陳國慧
ここ数年、香港・牛棚劇場で2本の日本の小劇場作品を見た。去年は日本小劇場第2世代の流山児祥が率いた寺山修司の『狂人教育』、その前にはパパ・タラフマラがチェーホフを元に作った『三人姉妹』。これらの作品はそれぞれに特色を持ち、期せずして日本の俳優のすぐれた肉体や炸裂するパワーを見せてくれた。これらの公演は小劇場空間に人の魅力を放出した。『狂人教育』はマカオから香港に見に行く観客もいた。が今回流山児が率いた『ハイライフ』は香港では見れず、マカオで、もしくは台北でしか見る機会がなかった。
流山児がマカオのアングラ空間に出現のは意外なことであった。香港の牛棚劇場は今では観客や演劇人に認知され、自主的な実験の場所となっている。香港では牛棚劇場以外にも最近は工業ビルや喫茶店などで、小劇場の可能性が試されている。が、マカオ(の小劇場)では、(演劇実験というよりも)むしろ公立の劇場が少ないという政治的意味が濃い。独立した表現空間を自分たちで作らなければいけない。牛房倉庫、窮空間、暁角実験室などはすでにマカオのアングラな表現空間として、青少年の新作を支持し、よく利用されている。また近年行われているマカオフリンジも都市空間の中で表現空間の可能性を探っている。
今回、『ハイライフ』は暁角実験室で上演された。マカオで30年の歴史をもつ空間である。この空間には沢山の制約がある。床と天井の距離、照明設備など。しかし小さな公演をするのには、観客という要素をどう芝居に介入させるか、調節するかなどで、作品に違った色を発揮させる可能性がある。
『ハイライフは』原作がリー・マックドゥーガル、カナダの俳優であり劇作家である。作品は4人の社会底辺の人間が、完璧な銀行強盗をして大金を手に入れ、それぞれが夢の『ハイライフ』を過ごせることになっているというものである。資本主義社会の犠牲となり社会の中での敗者は、麻薬を提供することで同じ空間を共有し、混沌とした空気と暴力的な言語でコミュニケーションを取り、暖を取る。これは大都市と都市の人々に潜んでいるものである。演出はそれに慈悲を施すことなく、媒体に操られている社会の敗者の悲哀を、「ハイ」というユーモアを持って、「社会底辺」という定義を引っ繰り返している。
演出家はこの小さな空間で最強であり、最も原始的な生命力を呈している。例えば、病気だらけのスリのドニー(カナダバージョンでは保村大和が演じる)は非尋常的な自嘲能力を持ち、自分を理解すると同時に、他人に笑われ人に踏みつけにされ、最小限の生きるための尊厳しか持っていない。彼らがハイライフを夢見れば見るほど、彼らの現実生活の惨めさが際立ち滑稽なものに見える。計画が最後に失敗して、ドニーは一人刑務所に入り(観客に)色々考えさせる。社会底辺の生活は一体本当に存在の実感とパワーがあるのだろうかと。
流山児は日本の小劇場の第一世代の唐十郎や鈴木忠志の洗礼を受け、小劇場に存在する抗争パワーと再考意識を信じて、また社会問題を取りあげて、それを同時に劇場で実践する。たとえば年長者の劇団は消費主義が日本の小劇場を侵食していることへの抗争創作である。
小劇場で何ができるのか?作品を通して(演出の)技量を見せると同時に小劇場では俳優の個性と長所を発揮させながら、演出家は演出処理を実践していかなければならない。俳優を輝かす、これが小劇場で一番かっこいいことである。『ハイライフ』(カナダバージョン)の4人の俳優のパワー、テンポの調整はお互いの間での暗黙の了解となっている。また俳優だけではなく、音響、照明とも合っていて、車の中での濃厚な空間と緊張感を発揮できている。ドニーを演じる俳優は事の外、素晴らしく、現場にたくさんのユーモアを生み出した。が、観客が一番笑っている時こそが、一番(自分の生活を)再考しなければならない瞬間であった。場末の表現空間で、社会の敗者の芝居をする、本当は誰が敗者なのか?これが流山児祥がマカオと香港の小劇場に残した啓示なのである。
「ユーリンタウン」 文藝軌道2009 10月号 野平昭和
「座・高円寺」という小さいが工夫して創られた新劇場で、五月二九日〜六月二八日まで一ケ月の間ミュージカルが、流山児事務所創立25周年記念公演として行われた。
これだけでも私が興味を持ったのは、全国各地にロングランして廻り一万円の入場料で多勢の観客を吸収している「四季」を思い浮かべないわけにいかなかったのは、ミュージカルとあったからである。入場料は半額、場所は狭く、しかもミュージカル初めて、とあっては、開幕前から、どうなることか、という興味というか、心配が先に立ってしまったのだ。結果を先に書けば、すべて杞憂に終り、逆に、商業ペースではないミュージカルの原点に接したのだ、というすがすがしさの気持さえ噛みしめて新劇場を後に出来たのは収穫だった。
お話は至って単純で、近来来のある日、水が極端に不足してきて、この町でも節水のため小便まで管理されることになり、(ユーリンとは小便ということ)特定の有料トイレの他は使用禁止で、禁をやぶれば、処刑、実は小便管理会社社長(塩野谷正幸)と政治家と警察は同じ穴の狢なのである。
貧しい民衆が小便も出来ずに倒れて行くのに抗して起ち上ったボビー・ストロング(遠山悠介)は屋上から突き落とされて処刑されてしまう。小便管理会杜の娘のホープ(関谷春子)はボビーの恋人で、ボビーの意志を継いで起ち上り、父と対決して、起ち上った民衆の先頭に立って勝利をおさめる。
めでたしめでたしで、ここで終れば安手の革命劇だが、狂言廻しでもある警官のロックストック(千乗哲也)が、事態は元の木阿弥、水が枯渇して再び地獄が始まるのを告げ、革命の破綻で幕となる。開幕の時、ラストのどんでん返しに注意と言って劇を進行させて行く方法で、二幕、休憩を挟んで三時間のミュージカルが展開する。一糸乱れぬマネキン風に人物が動くキレイなミュージカルではなく、ときに普通の舞台劇風にも展開する、いわば三文オペラ風のところもある楽しいミュージカルだった。他に伊藤弘子、三ツ失雄二、上田和弘、栗原茂、大久保鷹、曽我泰久、坂井香奈美、関谷春子、有希九美、石橋祐、植野葉子、平野直美、稲増文、井村タカオ、柏倉太郎、鈴木啓司、木内尚、里美和彦、山下直哉等が出演している。 (座・高円寺/5・29〜6・28)
「ユーリンタウン」 「太郎の部屋」 09・7・15号 芝居の日 鈴木太郎
流山児★事務所「ユーリンタウン」(東京:高円寺・座・高円寺1)。脚本・詞・グレッグ・コティス、音楽・詞・マーク・ホルマン、翻訳・吉原豊司、台本・坂手洋二、演出・流山児祥。劇団創立25周年記念公演。「集団劇としてのブロードウェイミュージカルをやる!」という無謀な試みは見事に成功した。50人以上の俳優たちが歌って、踊って、躍動する舞台は、演劇のもつべき祝祭性に満ちていて、5月にオープンしたばかりの公共劇場にふさわしい幕開けとなった。
音楽監督・荻野清子のピアノを軸とした楽曲、工夫された客席と舞台の空間が一体となる演出はさすがというほかはない。
タイトルを直訳すると「ションベンタウン」。オフ・ブロードウェイなどでヒットを飛ばした作品。近未来の架空都市。水飢饉のなか水洗トイレが廃止される。公衆トイレが有料になり、管理する資本家とホームレスとが対立する。そのなかで、若いひとたちの恋も生まれてくる。ちょっと「三文オペラ」風でもある。千葉哲也が警官に扮して狂言回しの役割で登場、マイクで物語の展開を解説する。若い恋人役になった遠山悠介と関谷春子も熱い演技をみせていた。脇にまわった塩野谷正幸、三ツ矢雄二などのベテランが存在感をみせるとともに坂井香奈美が若手のリーダーとして大活躍をみせていたのが嬉しい。
「ユーリンタウン」 シアターガイド2009年9月号 STAGE GALLERY
(お)
癒着する企業家と権力者の犠牲となっていた底辺の人々が反旗を翻し、「おしっこする」自由を勝ち取る。そんな甘々なめでたしめでたしはクソくらえ!とばかりに、彼らの無防備な自由はさらに水不足を招き、自ら命を縮めてTHE
END。権力者=悪、民衆=善だけに終わらない、これぞ真の反骨ミュージカル。ハッピーを求めがちな観客やミュージカル的なお約束を茶化しているのも同じく。小劇場万歳!こんな熱のある作品、もっと観たい。
「ユーリンタウン」 読売新聞 2009年7月15日 第17回読売演劇大賞 中間選考会報告
2009年1月から6月公演の5部門のベスト5(ノミネート:参考作:演出賞部門)に流山児祥が選ばれる。
「ユーリンタウン」の流山児祥は若い俳優を多数起用し、わい雑なパワーに満ちたミュージカルに仕上げた。
「ユーリンタウン」 テアトロ2009年8月号 劇評「力強いユーリンタウン」 林あまり
流山児★事務所「ユーリンクウン」、楽しかった。台本、演出、演技のすべてが気持ちよく響き合う。(G・コティス脚本・M・ホルマン音楽、吉原豊司訳、坂手洋二台本、流山児祥演出、5月29〜6月28日、座・高円寺1) 水不足のため、トイレがすべて有料になった街。貧乏人は、もれそうなお腹を押さえながら、一番安い便所に並ぶ。それすら払えない者は、道端にたれ流すはかない。そこへ警官がとんできて、逮捕され、なんと死刑にされてしまう。ついに人々は「自由に排泄できる権利を!」と立ち上がる――。
坂手洋二の台本が見事だ。戯曲の構成はあまりいじらずに、もっぱら歌詞やせりふを耳になじむものに書き替えた。いわゆる翻訳劇を観るときの、どぅしても感じてしまう少し遠い距離のようなものを、ていねいに埋めてくれた。吉原の地道な仕事の上に、坂手が現場の生命力を与えた。
役者も充実している。全体を締める狂言まわしの千葉哲也の安定ぶり、坂井香奈美のひたむきな純情、さっさと殺されて亡霊となる大久保鷹のマヌケな存在感、伊藤弘子のいい女っぶりなど、誰もがのびのびと演じている。歌も力強くて、テーマソングが今も耳に残る。
座・高円寺のこけら落としが、猥雑な魅力を持つ演目だったことは、劇場の覚悟と意志を表している。私たちは、本気でこの街で生きていきたいんだ、と。
「ユーリンタウン」 2009年7月4日 千葉日報 ミュージカルランド 「上半期の収穫」 御木平輔
現代の「蟹工船」か?
今回はちょっと毛色の変わったミュージカルを紹介しよう。ロードウエーには、小予算で実験的な作品を上演する、いわゆるオフ・ブロードウエーのミュージカルである。
最近はこのオフ・ブロードウェーでヒットした作品が日本でも上演されるようになった。これも新しい潮流である。益々、日本の演劇状況のすそ野が広く深くなってきたようだ。
5月、高円寺に公共劇場「座・高円寺」がオープン。
その柿落としの一つが「ユーリンタウン」 (脚本・詞=グレッグ。コティス、曲・詞=マーク・ホルマン)だ。訳せば「おしっこの街」か。2001年にオフからオン・ブロードウェーに上がった。04年には宮本亜門演出で日本初演。
《地球温暖化で…水不足。家の水洗トイレは禁止され、有料トイレしか使えない。違反すれば罰金だ。そこで貧しい人々が立ち上がるのだ》。まるで「蟹工船」の世界。
70年代の歌あり踊りありの破天荒なアングラ芝居といった趣だ。歌やダンスに荒っぽさも目立つが、音楽監督。荻野清子の軽みのスパイスが効いて、ほどよい感じに仕上がっていた。ヒロイン関谷春子の清清しさ、ションベンジジイ・大久保鷹の怪優ぶり、<私的解釈>で挑んだ台本の坂手洋二、そして演出・流山児祥の勇断に拍手!!再演を望む。
「ユーリンタウン」 月刊ミュージカル 2009年7月号
ミュージカル時評 〜「変革」を描く2つのミュージカル〜 扇田昭彦
抑圧的な体制に反抗する若者たちを措くブロードウェイ・ミュージカルが2本、東京で相次いで上演された。流山児事務所が上演した話題の公演『ユーリンタウン』と、テレビ朝日、ホリプロなどが主催した 『ヘアスプレー』 の来日公演である。同じように「変革」を描きながら、2つの舞台の味わいは対照的と言っていいほど違う。
演出家の流山児祥が率いる流山児事務所は小劇場系、と言うよりもアングラ演劇系の演劇ユニットで、今年で創立25周年を迎える。演劇を中心に音楽劇も上演するが、ブロードウェイ・ミュージカルを手がけるのはこれが初めてだ。 とは言え、『ユーリンタウン』(グレッグ・コティス脚本・詞、マーク・ホルマン音楽・詞)はオフ・ブロードウェイからブロードウェイに進出し、02年のトニー賞で3つの賞を獲得した作品だし、内容的にもブロードウェイらしからぬ異色作だから、流山児事務所にはふさわしい作品だった。04年にホリプロが宮本亜門演出により日生劇場で日本初演したが『おしっこの町」(ユーリンタウン)で展開するこの作品は日生劇場の豪華な雰囲気には合わなかった。
さて、今回の流山児祥演出の 『ユーリンタウン』 は今年5月に開館したばかりの杉並区の公共劇場「座・高円寺」で上演された。吉原豊司の翻訳をもとに社会派色の強い劇作家・坂手洋二が台本を書き、三谷幸喜の演劇・映画の音楽でも知られる荻野清子が音楽監督とピアノ演奏を担当した(水谷雄司美術、北村真実振付)。 開場時、普通の劇場の人口を使わず、舞台装置などを運びこむ搬入口から舞台上を通って観客を客席に導入するのが面白かった。観客の案内係は警官に扮した若い男女の俳優たちだが、その口調はぞんざいで、「ケ一夕イは切っといてね」「アンケートは必ず書くように!」などと命令口調で語りかける。舞台となる「ユーリンタウン」 の抑圧的な管理体制を早くも実感させる趣向である。
ほぼ三角形をした舞台は大きく張り出し、その両側に客席がある。しかも、左右の客席の高さが違うという、かなり変則的な劇場構造だ。 まず、印象的なのはクルト・ワイルを連想させる魅力的な音楽の響きと耳に残る旋律。カオス的な活力とさめた才気が結合した音楽だ。ブレヒトとワイルが組んだ 『三文オペラ』 に似て、この作品も鋭い社会性と喜劇性、そしてメタシアター的な批評性を多く備えた音楽劇だ。
異常渇水に見舞われ、住民すべてが有料の公衆便所に並ばないと大小便ができなくなった町。公衆便所を独占的に管理し、町を支配する強欲な会社に反抗して、貧民たちが立ち上がる。リーダーは、トイレ管理人(伊藤弘子)の助手だった青年(遠山悠介)。青年は体制側に殺されるが、青年の恋人で、トイレ会社の社長(塩野谷正幸)の娘(関谷春子)が彼の遺志を引き継ぎ、「革命」はとりあえず成功する…。劇全体の狂言回しを務めるのは、千葉哲也が演じる悪徳警官だ。
48人に上る演技陣は活気にあふれ、過剰で猥雑で陽気なエネルギーを放射する。全体的に歌もダンスも洗練されているとは言えず、中には歌が下手な俳優もいるが、この作品に必要なごつごつした底辺のエネルギーは確かに感じられる。荻野清子が率いる4人編成のバンド演奏は快調だ。歌唱力のある伊藤弘子、ホームレスの少女役の坂井香奈実らの好演も印象に残る。従来型の商業ミュージカルのシステムによらない、こうした「オレタチのブロードウェイ・ミュージカル」(流山児祥)の登場に注目したい。
だが、このミュージカルの後味は相当苦い。「革命」派は勝利するが、その結果、町の水源は枯渇し、独裁的な前社長のやり方の方が効果的だったことが分かる、という結末なのだ。観客のハッピーエンド願望に水をかける強い異化作用を伴うシニカルな終幕だ。これは個人的な想像だが、この苦いエンディングには、独裁体制の崩壊後、民族対立、宗教対立などが激化した1990年代以降の東欧、中東などの現状が反映しているのかもしれない。
さて、もう1つの 「変革」を措くミュージカルは、,07年に続いて2度目の来日公演となる『ヘアスプレー』(マーク・ガシャイマン作曲・作詞、ジャック・オブライエン・オリジナル演出、マット・レンツ清出)だ。前回の東京公演は渋谷のオーチャードホールだった が、今回は新宿の厚生年金会 館大ホールだった(6月2日〜14日。)。 今回は国際ツアー租の来日で、主役のトレイシーは、前回の来日公演と同じ、ブルックリン・プルバー。トレイシーの母親エドナを女形で演じるのも、前回と同じ、ベテランのジェリー・オーボイル。それ以外の演技陣は全員入れ替わり、前回より若い顔ぶれが多かった。
舞台を観ながら、不当な黒人差別を続ける地方テレビ局に対して、黒人たちと連帯して差別撤廃に立ち上がり、合わせて肥満をはじめとする容姿に対する世間の偏見をも晴らしていく女子高校生トレイシーの、ためらいも屈折もないまっすぐな変革志向の精神に改めて驚きを覚えた。自分の太った体型にもまったくコンプレックスを持たず、仲間たちの善意を信じて前へ前へと進んでいく楽天的な姿勢。それはまさに自由と未来を信じるアメリカ的な精神であり、それはブロードウェイ・ミュージカルの精神にもつながっているのだろう。
当然、この楽観的な前向きの精神は、変革の輝きとその挫折を措く『ユーリンタウン』のシニカルな味わいとはずいぶん違う。そして 『ユーリンタウン』 の苦い幕切れに感銘を受けた私は、『ヘアスプレー』の乗りのいい音楽を楽しみながらも、その陰りのないハッピーエンドに軽い違和感を覚えたのだった。
「ユーリンタウン」
東京中日スポーツ 2009年6月25日 「ミュージカルに新星!!関谷春子に熱視線」 本庄雅之
ミュージカル界に新星が現れた。東京・高円寺北に完成した新劇場「座・高円寺」で上演中のミュージカル「ユーリンタウン」 (坂手洋二台本、流山児祥演出)でヒロインを演じている関谷春子が、連日熱演。第一線の演出家、プロデューサーらが劇場に詰め掛けている。
オフ・ブロードウエーで2002年にトニー賞3部門に輝いた作品。地球上の干ばつで節水を余儀なくされた近未来が舞台。人々は有料公衆トイレの使用を義務付けられ、違反すると「ユーリンタウン」に送られてしまう。実態不明のユーリンタウンとは何か。不満を爆発させる貧民街の人々と、トイレを管理する側との衝突。一見とりとめなさそうな世界に、現実の世界(日本)が重なる面白さがある。
掃きだめに鶴のような状況で登場する関谷は、ふとした出会いから現実に目覚め革命の旗印となるヒロインを、堂々と演じ、透明感あふれる歌声で物語をけん引する。
関谷は、約300人の中からオーディションで選ばれた。慶応大学文学部出身で、舞台経験はあるがメジャー作品での主演は初めて。今後の活躍が期待される。
「ユーリンタウン」 毎日新聞 2009年6月25日朝刊 「水資源が枯渇した近未来を描くミュージカル!」 明珍美紀
地球温暖化で水資源が枯渇した近未来の街の人々を描くミュージカル「ユーリンタウン」が杉並区立杉並芸術会館「座・高円寺」で上演されている。
地球が干ばつに襲われ、深刻な水不足で公衆トイレも有料化。資本家が金もうけをたくらみ、排せつ行為さえも制限される格差社会に自由を求めて人々が立ち上がる。
米ニューヨークのブロードウェーに進出してヒットした社会派ミュージカルを日本で舞台化。演出家の流山児祥さんらが、5月に開設された座・高円寺のオープニング記念にプロデュースした。 「劇場は市民が交流し、自由に創造するための広場でもある。不況で民間劇場が次々と閉鎖に追い込まれる時代に、演劇の原点を見つめたい」と流山児。
先月末から始まった公演では、週末や休日に「ユーリンタウン祭」も開催。上演前に地元の阿波踊りなどのグループが登場している。
「ユーリンタウン」 日本経済新聞 2009年6月24日夕刊 「ステージ採点」 河野孝
有料公衆トイレの使用を義務付けられた貧困層が革命を起こす米国発のミュージカルで、「座・高円寺」開場記念で上演。
革命が成ってめでたしかと思えば皮肉な結果が待つ。ブレヒトの三文オペラが基にあり、知的で娯楽性もある。
歌や踊りのうまさよりも演劇的な面白昧を優先させて奏功。ただし歌のメッセージは伝わっている。
坂手洋二の台本を流山児祥が演出。
「ユーリンタウン」 公明新聞 2009年6月20日 「役者が活発に動き回る演出に精彩!」 七字英輔
5月に開館した劇場「座高円寺」で、流山児★事務所がブロードウェイ・ミュージカル「ユーリンタウン」 {G・コティス脚本・詞、M・ホルマン音楽・詞)を上演している。2002年にトニー賞の作詞作曲賞などを受賞した作品。ニューヨーク・フリンジ(外縁)発の芝居とはいえ、小劇場劇団がこうした舞台に挑むこと自体きわめて珍しい。
旱魃で水不足が深刻化した近未来、人々は有料の公衆便所を使うことを義務づけられ、金を払えず洩らした者は、逮捕・追放される。
その管理会社社長(塩野谷正幸)がこの町を牛耳っていて、やがて貧民たちは町で一番汚い便所の管理人助手の青年(遠山悠介)に率いられて革命を起こす。そしてそれは成功したように見えたのだが――――。
狂言回しの悪徳警官(千葉哲也)によって最後に語られる未来は、決して明るいものではない。こうしたディストピア(逆ユートピア)ものの常套ではあるが、ことが「水」だけに苦い後味を残す。青年の遺志を継いで父親を倒す恋人の令嬢役、関谷春子の声が魅力的。遠山も初々しく、新人2人がいい。
錆色に統一された張り出し舞台の中央に貧民たちの公衆便所が立つ美術(水谷雄司)も面白い。回転すると敵対する社長室にもなる。
舞台下や段差のある客席の間を総勢48人にもなる役者が活発に動き回る演出(流山児祥)に精彩があった。
「ユーリンタウン」 東京新聞 2009年6月18日夕刊 「刺激的わい雑空間」 萩尾瞳
作品と劇場が幸せな出合いをした。作品は、皮肉なユーモアとブラックな笑いにまみれた「ユーリンタウン」。劇場は、五月に開場した「座・高円寺1」。
挑戦的な作品を得意とする流山児★事務所が初めて手掛けるブロードウエー・ミュージカルでもある。小さな空間にひしめく四十八人もの出演者がわい雑なエネルギーを放ち、作品にふさわしい刺激的な舞台となっている。 水不足のため徹底的な管理社会化した近未来、人々は有料公衆トイレの使用を義務づけられている。トイレ管理会社が政治家と結託して値上げした料金を払えない貧しい人々を率いて、青年(遠山悠介)が革命を起こす。
もともとは、実験的作品の多いオフ・ブロードウエーから発信された作品。それだけに、正統派の裏をかくオフビートな展開から、管理社会や大資本と政治の癒着、人間の愚かさなどに対する批判的な視線が浮かび上がる。
「ユーリンタウン」 読売新聞 2009年6月17日夕刊 「瞬間・旬感」 「実験的舞台 高まる高揚感」 旗本浩二
タイトルをそのまま訳せば「ションベン街」。排尿を巡るホームレスと資本家との争いという題材を強調しようと、舞台上のめぼしいセットは汚らしい公衆トイレぐらい。いかにもアングラ小劇場的な雰囲気が漂う。
だが、音楽監督の荻野清子が自ら操るピアノを軸とした軽快な楽曲が、物語の進行を効果的に盛り上げる。ミュージカルの本場でヒットしたというのもうなずける。
劇場の2辺にL字形に客席を寄せ付け、残った空間にプロレスのリングのようなステージを置いた舞台は、50人もの出演者による大立ち回りを立体的に見せるのに役立っている。特に2階席から見ると、ステージから転げ落ちる役者たちが場外乱闘さながらに足元にまで迫ってくる。それをのぞき込んでいるうぢに臨場感が高まる。
千葉哲也ふんする警官が劇の途中、狂言回しとしてマイクを握りしめて物語の展開を解説する趣向も面白い。先月、オープンしたばかりの公共劇場にふさわしい、実験的な舞台となっている。
「ユーリンタウン」 スポーツニッポン新聞 2009年6月16日 「舞台評」 「群舞に熱気、新人もいい」 木村隆
東京・高円寺に新劇場がオープした。演出は流山児祥(りゅうざんじ・しよう)。わい雑と剛腕で鳴る流山児が初めてブロードウェー・ミュージカルを手がけるが、額縁舞台と異なる空間を味方にし、荻野清子ら音楽陣の豊かな演奏効果にも助けられて独自のミュージカルを仕立てあげている。
「ユーリンタウン」とは直訳すれば小便の町″。なんとなく小汚いイメージだが、このミュージカルには苦い思い出がある。オフからオン・ブロードウェーに進出して話題になっていたからプレビュー公演をのぞいている。帰国したその数日後にあの悪夢がニューヨークを襲った。2001年の9・11である。あれからNYの存在は私の中からスーツと遠のいた。
舞台は近未来の架空都市。長年の水不足から家庭での水洗トイレの使用が禁止され指定の有料トイレしか使えない。違反すれば厳罰が待つ。そこで貧しい人々が団結して立ち上がろうとする。構図はさながら「三文オペラ」風であり「蟹工船」風でもある。が、当時の印象では管理社会の窮屈さや大企業の横暴ぶりや貧困層の問題など今の社会的状況を先取りしたかのようでもありながら、どこか思いつきの域を出ていない感じだった。この感想は今でも変わらない。
群舞(振り付け・北村真実)など集団演技に熱気があり坂井香奈美、関谷春子、伊藤弘子、遠山悠介ら新人がいい。
「ユーリンタウン」 毎日新聞
2009年6月15日夕刊 「記者が選ぶ今週はコレ!」 高橋豊
東京・高円寺にオープンした座・高円寺が、こけら落としとしてミュージカル「ユーリンタウン」を上演。流山児★事務所の創立25周年記念公演でもある。
脚本・詞はグレッグ・コティス、音楽・詞はマーク・ホルマン、翻訳は吉原豊司、台本は坂手洋二、演出は流山児祥。
オフ・ブロードウェーから01年にブロードウェーヘ進出、トニー賞3部門を制覇したミュージカルだけれど、「オフ出身」らしい行儀の悪さ(つまり本音)が魅力だ。
水が貴重になった近未来。トイレに関する法律に違反した人は「ユーリンタウン」に送り込まれてしまう。
日本初演は大劇場の日生劇場だったが、ユーリン(小便)をめぐる舞台なら、やはり、舞台と客席が密接な座・高円寺の方が似合う。料金も4500円と安い。
歌は決してうまくないけれど、「異議申し立て」の志に満ちている。ヒロインの関谷春子、狂言回しの千葉哲也、それに大久保鷹と三ツ矢雄二の快(怪)演を評価したい。
「ユーリンタウン」 しんぶん赤旗 2009年6月12日 「小劇場版の可能性を示す」 瀧口雅仁
演題を直訳すれば 「小便の街」。舞台は近未来の都市。危機的な水不足が長く続くことから、人々は有料のトイレを使用することを義務付けられ、それに従わない者は、ユーリンタウンという得体の知れぬ場所へ送られてしまう…。
ブロードウェイで演じられたミュージカルを流山児が演出、舞台化。小劇場で低料金で気軽に楽しんでもらおうという趣向通りの賑やかな舞台に仕上がった。
テーマには水の利権に目を付け、政府を巻き込んで暗躍するUCCというトイレ管理会社による圧制。そして抑圧の中で怒りを溜め込み、社会を正しい道へ導こうと革命を起こす人々との対立が描かれる。
もちろん、そこにはお約束の主人公である男女二人の恋の芽生えと、その心情表現が歌と踊りで展開される。
ただしポピー役の遠山悠介の歌唱力不足が否めなかった点。そしてその恋の相手であるホープ役の関谷春子が心の内を全ての人に打ち明けるためには、舞台のセンターを分捕ってでももっと大きな演技をすべきと感じた。二人が放つ「どんな人にもハートがある」というセリフが重要な意味合いを持つのだから尚更だ。その中でUCC側につく上院議員ヒップご意見番役の三ツ矢雄二の歌良し、セリフ良し、表現良しの圧倒的な存在感が、このミュージカルの手綱をしっかりと握っていた。
革命後に訪れる結末はハッピーエンドではなく、憶測不能な未来の姿を暗示している。
そんな点からも、アングラとブロードウェイのコラボが歌い文句になっているが、小劇場版ミュージカルの可能性の大きさを感じさせる流山児ならではの舞台である。
「ユーリンタウン」 朝日新聞 2009年6月5日夕刊 「皮肉な笑い生きる演出」 藤谷浩二
流山児★事務所が初めてブロードウェー・ミュージカルに取り組んだ。5月に開館した公共劇場「座・高円寺」での初の新作公演でもある。猥雑な空間で小劇場とミュージカルの俳優48人が競演する。その熱気が革命幻想を主題にした物語と響きあい、さながらアングラミュージカルの趣がある。
「ユーリンタウン」 (G・コティス脚本・詞、M・ホルマン音楽・詞)は「おしっこの町」の意。01年9月にブロードウェーで開幕した。近未来、干ばつによる水不足で有料公衆トイレの使用を義務づけられた貧民が「革命」に立ち上がる。荒唐無稽な筋立てに、生理現象すら規制する管理社会や巨大資本の横暴、環境問題、家族の崩壊と再生といったモチーフが投影された、実は硬派な作品だ。
04年の宮本亜門演出による日本初演(日生劇場)は、この作品の持つ鋭い批評性やニューヨーカー好みの皮肉な笑いに届いていなかった。今回の上演は、坂手洋二の台本(吉原豊司翻訳)が劇の持つ多義性と辛口のユーモアを浮かび上がらせ、アクの強い俳優たちが寓話に生々しさを与えている。スピーディな流山児祥の演出も相まって、見ごたえがある。
悪徳警官の千葉哲也、公衆トイレを牛耳る汚職社長の塩野谷正幸、トイレ管理人の伊藤弘子ら常連組の厚みのある演技と、ヒーローの遠山悠介、ヒロインの関谷春子の新人コンビの初々しい演技とのコントラストが面白い。ヒーローの父の大久保鷹のすっとぼけ(役名も!)ぶりも愉快だ。
歌唱力とダンスにばらつきがあり、名作ミュージカルのパロディーの要素が薄まったのは残念。しかし音楽監督の荻野清子がピアノも担当するバンドは、4人編成とは思えない多彩な音を奏でる。 ニューヨーク・フリンジ(小劇場)発の舞台だけに、小劇場での上演も奏功している。
パラダイス一座 『続々オールド・パンチ〜カルメン戦場に帰る』 「太郎の部屋」2009年4月15日号 芝居の
日 鈴木太郎
パラダイス一座「オールド・パンチ〜カルメン戦場に帰る」(東京・下北沢・本多劇場)。作・山元清多(黒テント)、演出・流山児祥。3年間が期限の平均年齢80歳近い世界に類をみない高齢者劇団の最終公演。なんといってもパワーがすごいしカラフルだ。歌って踊って、一芸を披露する。スタッフもキャストも超一流の顔ぶれである。92歳の日本の演劇界の最長老の成井市郎を筆頭に瓜生正美、中村哮夫、本多一夫、肝付兼太の五人の俳優を中心に、今回はふじたあさや、二瓶鮫一が加わった。岩淵達治は映像出演ながら元気なところをみせていた。そして、音楽の林光がピアノの生演奏を聞かせるという豪華版。美術は妹尾河童、ヨーロッパ風のしゃれたバーの出現である。流山児がいちばん若くて61歳、まだまだである。
舞台はいまから20年前、「昭和」の終わる日の四谷の名物ゲイバー「つばさ」。ここに、ビルマ戦線から帰還してゲイになった7人の元兵士たちが集まってくる。7人の登場人物には七福神にあやかって、弁天、毘沙門、大黒などとつけられている。女装にもこだわっているところは笑いがつまっている仕組みだ。戦争の体験談も随所に出てくる。それぞれの人生の重み、時代にたいして真撃に生きてきた証左そのものである。脚本が俳優の特性をよく取材して、あてがきに近いこともあって、説得力をもたせていた。
「椰子の実」を客席といっしょに歌うことに感動していた人もいた。
また、終演後にアフタートークを設け、俳優の苦労談義などきかせ、観客との交流を大事にすることの重要さを感じた。楽しく、おかしく、さらに芝居の醍醐味に大満足だった。
パラダイス一座 『続々オールド・パンチ〜カルメン戦場に帰る』 「悲劇喜劇」2009年5月号 横溝幸子
演出家の流山児祥が「三年間期間限定」で旗揚げした高齢者劇団「パラダイス一座」の最終公演、山元清多作「続々オールド・パンチ−カルメン戦場に帰る」(二〇〇九年二月八日−十五日本多劇場)が、観客に惜しまれながら成功裡に幕を降ろした。平均年齢八十歳近く、世界に類を見ない出演者の顔ぶれは、その道を極めた個性豊かな大ベテランばかり。文学座の演出家・戌井市郎さんは九十二歳。「役者」の最長老である。ゲイ・バー「つばき」のママ弁天・ローズを名乗り、真っ赤なドレスに蓄薇の花をくわえ、颯爽と登場した。確かな演技力と凄い存在感に圧倒される思いがした。
出演は戌井さんを筆頭に青年劇場の劇作・演出家瓜生正美(八十四)、演出家中村哮夫(七十七)、劇場経営本多一夫(七十四)、俳優∴演出家肝付兼太(七十三)、映像参加の独文学者岩淵連泊(八十一)、新参加の劇作・演出家ふじたあさや(七十四)と全員がゲイの役。ビルマ戦線から生還した元兵士たちが戟争責任をとり復員後「男」を捨てゲイとして生きた話で、昭和天皇崩御の日にローズを死んだことにして葬式を出し自分たちの戦後を終わらせる重いテーマである。
ショータイムで成井さんは艶やかな振袖姿を披露、「椰子の実」を歌いながら死んだ戦友に会いに六人でビルマに行く。
戦争と日本の現在を捉えた問題作だ。
パラダイス一座 『続々オールド・パンチ〜カルメン戦場に帰る』 「悲劇喜劇」2009年5月号 演劇時評 山下悟
高田:それでは次に、流山児★事務所パラダイス一座で「続々オールド・パンチ〜カルメン戦場に帰る〜」をお願いします。山元清多脚本、流山児祥演出、林光音楽、妹尾河童美術。本多劇場でやりました。昭和の終わりの日、四谷の名物ゲイバーつばき。ビルマ戦線から帰還してゲイになった七人の元兵士たちが戦後史を語る。今回、パラダイス一座三部作の完結編ということになります。
山下:戌井市郎さんがなさっているんですが、ゲイバーのママのお葬式に、その友達らしい人たちが集まってくる。それでお葬式が始まるかと思いきや、死んだはずのママ、ローズは生きていた。大筋は、ゲイバーの経営権をめぐるすったもんだですね。新たに経営権を握っている社長の二瓶(鮫一)さんや、藤井びんさんが戌井さんの甥として水戸から出てきたりします。
戌井さん、瓜生(正美)さん、中村(嘩夫)さん、本多(一夫)さん、肝付(兼太)さん。みなさんが見事な女装をされて、それぞれの芸を出される(笑)。やっぱり戌井さんは見事なものでした。最初にもらうリーフレットに、七福神音頭ですとか、椰子の実の歌詞が印刷してあって、開演前に「芝居中に歌いますから、みなさん一緒に歌ってください」といわれます。これは珍しいなと思ったんですが、お客さんが全然抵抗なく楽しんで歌うんですね。とはいえ、七福神音頭、これは東京オリンピック音頭の替え歌ですけれども、さすがに若い人は知らないんだろうなと。その後の万博のほうの歌は覚えていても、こつちはなかなか今は出てこないのかもしれないなという気はしました。
パラダイス一座 『続々オールド・パンチ〜カルメン戦場に帰る』 「シアターガイド」2009年5月号 「お」 STAGE GALLERY
演劇界の重鎮ばかりを招集!しかも、演技はウン10年orまったくやってないという先生方の多くを俳優に起用・・・。そんな、とてつもなく破天荒な期間限定劇団が、3作目にしてついにファイナル。思い起こせば役の設定も型破りだった。1作目は銀行強盗団、2作目は元殺し屋。そして今回は、伝説のゲイバー「つばき」にかつて集っていた旧知のゲイ仲間。ママのローズを演じる92歳最年長俳優・戌井市郎が、カルメンよろしく「恋は野の烏」を歌い登場するや、客席からはどよめきと喝釆が。
物語とは無関係な恒例の余興タイムでは、ほんわか空気が流れる。そんな彼らが、数奇な人生を歩むことになった原点は、ビルマでの戦争体験。笑い多き中で、時に発せられる反戦メッセージが胸を打つ。
最後に装置が急転、舞台は“戦友”の待つビルマの海岸へ。人生の総決算に臨む晴れやかな笑顔が、最終公演を成し遂げたご本人たちの達成感も思わせて、何だか清々しかった。
3年間の期間限定で結成された高齢者劇団「パラダイス一座」の最終公演。敗戦時に捕虜収容所で知り合い、戦後をゲイとして生きた男たち(戌井市郎、瓜生正美、中村哮夫、本多一夫、肝付兼太ほか)が再会した「昭和が終わった日」の1日を描く。92歳の最高齢メンバー、戌井を筆頭に、平均年齢80歳の老人パワーが炸裂(さくれつ)。芝居を楽しむ姿勢が客席に熱く伝わってくる。
☆泣き笑い度88%☆ ☆再結成希望度88%☆
パラダイス一座 『続々オールド・パンチ〜カルメン戦場に帰る』
まねきねこ 「演劇◎定点カメラ」 2009年2月14日
演劇界の重鎮・演出家と役者が結集、平均年齢が80歳近い高齢者劇団。3年3回に渡った公演の最終。
舞台。イギリス風の瀟洒な木造バー。色ガラスの窓はアールヌーボー。なぜか、 中東風の天蓋が中央に置かれ。ラストの海原は手書きとか、映像でお茶を濁さない心意気を感じさせる話。20年前、昭和が終わった日。四谷の老舗ゲイバーに集う人々。
元ゲイの老人達が慕うママのささやかな葬儀、のはずだったのだが。 重いテーマも軽やかに、滋味ある人生の味わいを添えた、素敵に無茶なコメディ。
戦争をする男どものバカな本性、国家と虐げられる個人を、男を捨てたマイノリティであるゲイの視点から描いていく。従軍経験ら負の歴史の経験者である出演者達記憶に裏打ちされた言葉と演技が胸に響き。金や権力、若さ崇拝な今時に、伝え、忘れないこと、年を重ねた尊さを改めて思い起こさせ。人生は祭りと一芸ショー付きで賑わう舞台に、くっきりと鎮魂と明日の希望をおき。
さよならではなく「また逢う日まで」の暖かい挨拶へと繋がり、ほっこりするねこ。
顧みるだけでなく、進み続ける老人達がまあ凄い。ありえない女装を堂々と楽しげにまとい、人生の貫録をかろやかに楽しげに着こなして、さすが。戌井さんの艶っぽさ、瓜生さんの剽悍、中村さんの優雅さはいつもながら素敵。肝付さんの「スネ夫」で場内に満る懐かしい幸福感も忘れがたい。最年少(71才)の二瓶さん、熱風のような「演技」が、自然体の周囲に滑稽に浮いて愛おしい。それにしても、目を閉じ寝ているような場面や、台詞がつかえる場面でこんなドキドキする芝居はなかったなと、苦笑するねこ。
『ドブネズミたちの眠り』
「文藝軌道」2009年4月号 野平昭和 「劇評2008年秋から冬にかけての舞台」
小劇場でしか出来ないことを、贅沢にやり続けると、こんな時代に、敢えて居直り宣言する流山児祥演出の典型的舞台を、狭いSPACE早稲田の空間で、躍動する舞台の役者群としっかり共有してきた。
先に「金玉娘」という不思議な作品を生み出した黒テントの若い作者、坂口瑞穂が書き下ろした戯曲を、もはやアングラ演出の聖者、突拍子もない比喩を用いれば、こちらからあちらへ昇天したゲバラの最後の姿にさえイメージを重ねたい演出家流山児祥が提供してくれた濃密な時間だった。狭い地下の階段を昇って明るい表へ出た時、この何と言えない八方塞がりの世界の、日本の空間を闇雲に打ち壊した爽快感のようなものを感じていたことは事実である。
それが果して作者の、演出家の狙いだったかどうかはさておき、この舞台の造りが、運びが、役者たちの演じ方が、私のような老観客にもそう思わせたのである。
三方向から迫られる狭い舞台で繰り広げられる七人の登場人物は、「テアトロ」掲載の戯曲で確認しても1〜7であり東〜北白〜中であって名前はない。
お互いに、誰が誰だったかわからない状況で集められた殺し屋(?)たちが指示した人物を殺さなければならない、という設定の下に、疑心暗鬼、暴力、協力等、人間関係のありとあ らゆる場面を見せて、結果の出ないままに終る。つまりこの世の皮を剥いでみせてくれて終るのだ。
『ドブネズミたちの眠り』
鴨下易子(アトリエ・ドミノ主宰) 週刊 マガジン・ワンダーランド
2008年12月24日発行 第119号
からだの奥深く入り込む、男たちのドタバタナンセンス芝居
今日はなぜか元気だ。昨日の芝居のせいだろうか? でもあれ面白かったけどしょうもない話で、最後にはみんな死んでしまう救いのない芝居だったのに…。
タイトルは『ドブネズミたちの眠り』、会場はスペース早稲田。
西早稲田駅から劇場に向かう。いつのまにか東京の地下鉄路線はどんどん深くなり、駅はどんどん無機的になった。副都心線は最新だから、特にピカピカだ。地上に出て諏訪通りの枯葉を踏みながら坂を降り、早稲田通りに入る。しばらく行った、ぱっとしない東西線の地上出口手前に目指すスペース早稲田はあった。中華料理店の地下にあるはず、と見ると店の向こうに屋台があって、それがチケット売り場だった。その横の階段を降りて、すれ違うのも窮屈な通路から入った会場は思いのほか広い。60席ぐらいと聞いていたので、「狭い所でヤクザの芝居かぁ」と、来るのを少しばかりためらっていた。だから、贅沢な空間の取り方には少し驚いた。リングのような四角い舞台の3辺に、2列ずつ客席があって、残りの1辺は壁。見たところ出入り口がない(どこから登場するんだろう?)。
舞台が徐々に明るくなると、空っぽだった空間に何かが置かれていた。舞台装置に見えたそれらはやがて蠢めきだし、男たちが姿を現す。そして設定は地下室なのに、なんと床に開いた穴から別の男たちが鉄柱を手がかりに上がってきた! 私の席からはよく見えなかったが正面の壁に画面があり、そこには地下室の下(おそらく下水道かなにか)の映像が映っているようだ。「正面の席がよく見えます」と入場の時に言われたのは、このことだったのか。席の選び方で情報量が違う。人の話を素直に受け取れず、舞台横に席を確保した自分に苦笑した。
登場人物は全部で7人。ヤクザとしてパッとせず、でもいまさら他の何者にもなれそうもない中年男が4人、ヒットマンとして地下室に隔離されている。
あとは雇い主側の幹部と下っ端2人。標的が何者かは不明。彼(女?)の現在位置が連絡されると、犯行のシミュレーションが始まる。ドタバタナンセンスだ。そういえば入り口で貰った案内パンフに「子供の頃の遊びと同じワクワク感がこの稽古場にあった」と、脚本の坂口瑞穂が書いていたっけ。確かに大の男が舞台狭しと遊んでいる様は、役割とルールを決めて遊ぶ「ごっこ」にそっくりだ。状況が滅茶苦茶ナンセンスなのを感じているヒットマンたちは「何か変だ」と言いながら、それでも何処にもいけず何者にもなれず、「男」になるために生命を賭けて遊んでいる。これは時代遅れなヤクザを使って、時代に適応したつもりのヤクザが仕掛けた茶番劇なのだ。そして最後には、罠を仕掛けたほうも死んでしまう。本当にしょうもなく情けない男たちのお話。なのに、見終わって「楽しかった」と思った。
帰路につきながらツラツラ考えた。いったい何がこんなにおもしろかったんだろう? よくわからない。この感じは、もうずいぶん前に俳優座で見た芝居に似ている。装置のない舞台上で、5人の男が大きなダンボール箱に入ったり出たりするばかりだった芝居。ダンボール箱の中で「いいんだよ〜」と何度も繰り返した台詞が奇妙に耳に残っている。話自体はもうよく覚えていないけれど、とても良い時間を過ごして「いいんだよ」と思った記憶がある。題名も覚えていないその芝居も、出演者は男だけだった。
芝居を見ているときは自分が薄れ、性別の意識も低くなる。そんなふうに自分を外した上で、自由に男になったり女になったり、また人間以外にもなれるのが観劇の楽しみの1つだ。歌舞伎やシェイクスピアが男優だけを使うのは観客に自分自身の性を喚起させず、フィクションを機能させるためだったのではないか? どうも女が出ていない芝居は、どこか無邪気さがあって「お話」の時間を過ごしやすい気がする。
私は声やからだの動きには長いこと興味を持っているけれど、芝居をすることには関心がなかった。戯曲は良くても、女の役でおもしろいとか演じてみたいと思うものは少ない。女の芝居はどこか生真面目なのだ。情けない男の話はおかし味や愛嬌があるが、(ドジや間抜けはよくても)女の情けないのは惨めなだけ。この違いはなんだろう? ふと我に帰るといつのまにか西早稲田駅の地上出口だ。けれどなんとなく素通りしていた。地下室の芝居を見た後だったから地下に潜りたくないのではなく、あまりに人間臭い話だったので無機的な物(ピカピカの地下鉄)をからだが受け付けなくなっていたらしい。そして気がついたら、いつもは苦手なJR駅の雑踏に向かってる。
男と女の違い。この劇の挿入歌でも、「女が連続・男が不連続、でも男も連続だ」というような歌詞があった。生物としての男は種を植える存在。女は種を育てる。そしてその目的のためなら男を替えることもいとわない。だから女は存在が連続ではなく、連続させるものだ。継ぎ続けるもの。女は継続させるために、どんな状況でも適応していく。一方、男は連続を想定しない者、または断ち切るもの。『断』と『継』は似た字だ。糸をたち切ることを『断』といい、切断した糸に糸を加えてつなぐことを『継』という。そういえば夏に見た『玉手箱』(脚本は同じく坂口瑞穂)の女主人公は、変化する状況の中で糸を紡ぐようにサバイバル(過適応)していた。劇中で主人公の印象は様々なエピソードで語られるが、それが彼女の実像を結ぶことにはならない。エピソードの寄せ集めでまとまりがないのは出演者全員が演出したためだと考えていたが、必死で状況に適応することによって自らの姿を消してしまった女の話だったからなのだろう、と今では思う。でも、男はこういうのを「ミステリアスな女の伝説」にするのだろうなあ〜。
生物の性はともかく、現代は性差が縮まっている。「男気がある」と評される女性までいるくらいだ。「心理学では」と言わなくても、男にも女にも逆の性が内在しているという考えは、今や半ば常識になっている。だからまた「男だけの芝居を見て、なんで私は元気になれたのだろう」と思ってしまう。
そこでふと浮かび上がったのが、家を建てる時の建前の様子だった。でき上がった土台に柱を立ててゆき、最後に屋根に棟木を上げる上棟式。大工たちが声を揃えて棟木を組んでいる姿を見ていたら、初めてのはずなのに記憶の古い層がざわめきデジャヴのように見えたものがあった。それは古から続く、死を孕むほどの危険を伴うからこそ見る者の目を奪う、男たちの力を集めた祭事だった。そうだ、あれに似ていたのだ。
祭りや芝居の生の刺激は2次元の映像と違って、からだの奥深く入り込む。
それはあたかも種を植えられたようなものだ。『ドブネズミたちの眠り』を見て、日々バーチャルな刺激にさらされている心とからだが少しゆるんで、生きる力や人と関わろうという意欲を取り戻してきたらしい。人ごみが苦手な私が雑踏を心地いいと感じるなんて、思いもよらなかった。どうも芝居は、見て分かったことだけに意味があるのではないらしい。
『ドブネズミたちの眠り』
みなもとごろう 演劇雑誌「テアトロ」2009年2月号
流山児★事務所の「ドブネズミたちの眠り」(作・坂口瑞穂/演出・流山児祥)は、強いて言えば、金儲けのためには何でもやりかねない現在の資本主義への批判ということが出来ようが、そうした言痛き見かたより徹底したエンタテイメントとして楽しんだほうがよい。その意味では90分間を面白く見た。
物語は単純である。三人の男たちに連れられて四人の男たちが部屋の下を下水が流れている密室に連れてこられる。使う側はこの四人を刺客としてある人物を殺そうとしているのである。溝鼠のような一匹狼たちを、力の差を競わせることによって絶対の服従に導こうとする。やがて使う側と使われる側の壁も壊れて七人の生死を賭けた人間関係が可笑しくうら寂しく変化してゆく。芝居の嘘と物語の嘘とが微妙に交錯するのがミソだ。
ライヴァル同士になる塩野谷正幸と千葉哲也の中年やくざには生活の影があって、そのペーソスに味わいがある。さとうこうじのアパシーぶりも即物的で迫力がある。お互いに知らないもの同士という、言わばグランドホテル形式なので、もう少し全体に人物たちの背景を書き込んだら、より濃くのあるエンタテイメントになるだろう。
『狂人教育08』
水晶(演劇評論家) 「幕」 話劇人社・刊
『狂人教育』の上演が終わり、解放された人形たちが、その運命を象徴するトランクを提げて舞台から降りてきて、観客のすぐそばを通り抜けて行った時、百余年の歴史を持つ早稲田大学大隈講堂には、割れんばかりの拍手が沸き起こった。
一人の中国人の観客として、役者たちが自分のよく知った母国語である中国語の標準語で、日本で公演を行うのを聞き、感慨深いものがあった。
同時に、日本の観客の熱心さにも私は感動させられた。普段は堅苦しくおとなしい日本の観客たちが、1時間20分の間に絶えず巨人なエネルギーと驚きを放出するこの「音楽身体劇」に対し、最も熱烈な認可を与えたのだ。そして、アジア各地からやってきた役者とスタッフが共同で作り上げた中国語版『狂人教育』が、輝かしい一歩を踏み出した。
寺山作品に力量見せた流山児
すでに何度も『狂人教育』の様々なバージョンを見てきたが、流山児祥の演出力のすばらしさには、再度の賞賛を禁じ得ない。
「日本のアングラ演劇のリーダー」と称えられる大御所″級のこの演出家は、60歳を超えてなお威厳と軽やかさを兼ね備え、稽古ではさっと舞台に上がって役者たちに動きの手本を示し、かつて一級の俳優であった力量を見せていた。彼は『狂人教育』の劇中で、日本の文楽の要素、ヨーロッパの小劇場演劇の風格、モダンダンスの形体など、幾重にも演劇手段を融合させている。
これは、彼が毎年劇団を率いて全世界を巡演することによって蓄積され、洗練された多元的な能力を反映するものである。
すばらしい演出家は、特級調理師のように、白菜をゆでるだけでも旨味を引き出すことができるが、その上さらに、何十種類もの素材を最高に美味な一品にまとめる能力を有している。
新しい発見と経験を味わった観客は、絶えず賛嘆の声をあげる。ところが、劇場を出る時、演出家の姿は消えている。寺山修司がこの寓話のような歴史的作品を創作したことに感謝し、12名の男優女優のアジアでもずば抜けた演技に感嘆し、劇中の音楽とすばらしい打楽器を興奮して思い起こしはしても、演出家が誰だったかなど記憶にない。優秀な演出家にとって、これこそが作品の最大の成功である。演出家や役者の後光や虚名を捨て去り、演劇の小市民性を離れ、演劇に対する既成の観念やスタイルをすべて放棄して、劇場での時間を一分一秒まで楽しむ。『狂人教育』は、ほかの多くの演劇作品よりも、しつかりとその境地に達していた。
人と人形の「音楽身体劇」
この劇の日本での公演終了後、中国の杭州と上海の観客も、これが普通の上演とはまったく異なる演劇作品であることに気づいた。歌もあれば踊りもあり、新劇風の中国語の対話もあればミュージカル式の中国語と日本語の歌もある。生演奏のドラムや打楽器の音、照明はネットライトからペンライトまで、どの要素も観客が抱いている演劇上演の既成概念をひっくり返してしまう。一番重要なのは、舞台上の一切が緊密に結合していることだ。照明や音響などの舞台手法、人形使いの虚構の演技、人間が演じる人形、この間の三重のリズム″と韻律は、折り重なって一つに溶け合い、すべての観客の鼓膜と心臓に次々と無形のエネルギーを送り届ける。観客は舞台上の人と人形と一緒に呼吸し、運命を共にする。
『狂人教育』は人形のコントロール″への服従、抵抗と脱出を描いているが、それよりむしろ、人々の社会的観念、道徳的拘束、権力への服従と抗争を暗示している。人が外界の干渉を振り払うのは難しくはない。難しいのは自己の内心を見つめ、維持することである。何度も『狂人教育』を鑑賞した中で、私個人が最も好きなのは、やはりパパ″の独白の演技である。
彼は自分と影″の間を行き来し、対話と反問を繰り返す。そして臆病で吃りがちだが、善良で音楽と詩を愛する小人物をみごとに表現している。彼のセリフ――「人生って何だろう。それは所詮洋服ダンスの中の背広の数″にすぎないのではないだろうか。春夏秋冬4着の背広、生活の楽しみは4種類くらいしかない」―は、この寓話的作品の「人と人形」「人と社会」に対する正確な概括といえるだろう。もちろん、最も印象深いのは、やはり音楽と旋律である。あの静謐で、野蛮で、ユーモラスな、心をかきたてる音楽が、ずっと心の中にまとわりついて離れなかった。
この数年来、中国国内では「スター演劇」が大流行して、より多くの観客を劇場に引きつけるための宣伝効果を果たしている。しかし、劇場に「スター演劇」だけしかないのでは不十分だ。十数年にわたって日々舞台上で鍛え上げた真の演技力がないスターたちには、演じられない芝居もある。
映画・TVや人気歌手のコンサートとは違うすばらしさが演劇にあることを本当に観客にわからせるためには、名の知られていない「演劇のスター」たちの手に舞台を返さなくてはならない。本当の演劇とはどんなものか、本当の劇場の醍醐味とは何か、それを彼らはすばらしい生の演技で教えてくれるはずだ。
「スター演劇」にあきたらない観客のために
『狂人教育』の中国語版は、「スター演劇」やリアリズムのありふれた演技に満足しない、ハイレベルな観客のために用意されたものなのかもしれない。こうした観客は高いチケット代を払ってスターを追いかける趣味を持たず、自己主張を繰り返すばかりの演技形態にも情熱を失っている。彼らが望むのはまったく新しい、通常を超えた演技の方式と舞台の手法である。『狂人教育』は、ちょうどそんな機会を彼らに提供したのだ。『狂人教育』は一見の価値があるだけでなく、三回見る価値がある。
一回目には、屈折し反転するストーリーを見る。二回目は、人と人形が入れ替わる精緻で新しい演技方法を見る。三回目には、全篇に流れる音楽と生のドラム演奏をゆっくり味わうことができる。海を越えての公演にもかかわらず、杭州と上海のチケット代は100元、200元ほどで非常に安く、本当の芝居好きの人たちに、醍醐味を味わう機会を作った。
私は中国国内のメディアがこの作品に非常に高い評価を与えていることに注目している。中国国内第二の大手都市型日刊紙『都市快報』の記者は、この劇が杭州の紅星劇院で上演された時の反応について、「終演まで携帯電話の音や他の雑音がなく、俳優が最小限の声で独り言をつぶやいても、最後列の席ではっきり聞き取れた。暗闇の中ですべての人が同じことに没頭していた。思考していたのだ」と描写している。また上海のメディアと観客もこの作品に様々な感想と評価を寄せている。『新民晩報』は、「人形の家族それぞれが観客の笑いを誘っていたほか、クールに見える人形使いたちも魅力的な演技をしていた」と評価している。
公演期間中、流山児祥が『狂人教育』のメンバーを連れて、浙江大学紫金港キャンパスを訪れ、浙江大学の黒白劇社・梵音劇社と共同で大学演劇ワークショップの活動を行ったことは特筆に価する。流山児祥のこの訪問は、浙江大学の教員や学生に彼らの俳優訓練メソッドを理解させただけでなく、海外の演劇をより深く理解する機会を与えた。まさに流山児祥の語る、「演劇は国境を越えるべきだ。私たちがマスターしなくてはならないのは身体と情感を使うことで、セリフでの交流ではない」という言葉の通りである。『狂人教育』はその独特の方式によって、日中のみならずアジア諸地域の演劇人たちと観客との間に、暖かな交流を成立させたのである。
訳・波多野眞矢(中央大学大学院)
『狂人教育08』
目黒光彦 「河北新報」 2008年9月14日朝刊
〜社会通念疑えぬ、怖さ〜
社会の「常識」を深く理解せず、むやみに信じ込む人々のこっけいさを風刺したオペレッタ風現代喜劇。京劇を思わせる中国語の歌と、三味線の調べに乗せた浪曲、和太鼓の響きとが溶け合い汎アジア的音楽が物語を盛り上げた。
1962年に人形劇として初演された寺山修司の戯曲を、流山児祥が演出し白塗りの女6人が人形を演じ、黒子姿の男6人に操られる。 「狂人が一人いる」と医者から告げられた六人家族」六人は各自が狂人と思われても仕方がないような行動をとってきた。やがて「異分子は他人と違う行動をする」と考え、末娘以外はロボットのように動き始める。「気狂いと呼ばれても構わない」と叫ぶ末娘はついに異端児として扱われ、五人におので殺される。
末娘が話し掛けても無視して行進する五人の姿は、専制国家を想起させる。狂信的な集団は、利己的な心理を操縦されているという層造が、演出、たよって明確に浮かび上がった。 ラストでは、人形だった女性が逆に人形遣いを操る。操っている側も何かに突き動かされていることが暗示されていた。
人間の行動を無意識に拘束する社会通念の怖さを示され、背筋が寒くなる思いだった。同時に、自己の行動を振り返って検証することの難しさを感じさせられた。
『狂人教育08』
土屋孝信 「北海道新聞」 2008年年9月11日夕刊
〜北京語で虚構世界!アングラ劇の挑戦!〜
アングラ演劇界をけん引する流山児祥が、六十歳を超えてなお新たな可能性に挑んでいる。
「狂人教育」は、一九六二年に寺山修司が書いた唯一の人形劇の戯曲。人形の家族六人全員を人間の女 優に演じさせる実験的な取り組みで、国内外で成功を収めた流山児が、 それに飽きたらず、今回、さらに女 優をすべて中国人で上演している。北京語の歌と会話が飛び交い、観客は字幕を目で追いながら、女優の身体表現に見入る。虚構の世界は一 層深まっていく。
物語は、「人形遣い」の男たちによって人形にされた六人家族が「家族の中に一人だけ気狂いがいる」と告げられるところから始まる。
誰が気狂いなのかをめぐって、疑心暗鬼に陥る家族。ついに祖父(ホン・ペイジン)が「狂人は必ず皆とどこか少し違った行動をとる。一族の誇りを守るため、その異分子の首をこの斧ではねる!」と宣言する。
猫マニアの祖母(イーラン)、対人恐怖症の父(シウメイ)、蝶を閉じ込じこめて遊ぶ兄(ワン・メイファン)は、自分が突出して見られることを恐れて、互いに振る舞いの模倣を始める。個性を殺し、画一化されていく。ポリオ(小児まひ)の末娘(カイリ・チョイ)だけが、素朴に「どうしちゃったの?」「みんなのうそつき!」と訴え、物語は衝撃的な結末を迎える。
最後に家族の一人が吐き捨てる台詞が、観劇後も頭から離れなくなった。「うそつきだって? そんなこと分かっていた。この子供!」大人と子供。体制と反体制。この劇中で、狂っているのはどちらかは考えるまでもない。ただ、同じ狂気が私たちが生きる現代社会を覆っている、と気付かされる。
治安が悪化した日本で、親は子に「知らない人に話しかけられたら逃げなさい」とまで教えている。親子兄弟の間の殺人事件も珍しくなくなった。「9・11」テロ以降、異質なものに対する包容力は疑いなく弱まっている。
四十六年たっても寺山の戯曲は古びていない。 (東京大隈講堂の初日を見て)
『由比正雪』
「文藝軌道」 2008年10月号 「演劇時評:2008年春から夏の舞台」 野平昭和
一九六人年、劇団状況劇場によって新宿花園神社で上演された唐十郎二十八歳の時の作品を、丁度四十年後の現在、当時、二十一歳の団員でもあった流山児祥自身が、いくつか書き加えた部分も混え、新たに今の観客に突きつけた舞台である。
由比正雪という人物が実在したのか、とか、幕府の自作自演による徳川永久政権確立のためのヤラセであるとかの奇説まであるほどの、江戸時代初期の大事件、慶安の乱のヒーローであり、兵学者にして門弟五千人、宝蔵院流槍術の名人、丸橋忠弥と組んで、大革命を起せた筈が、事前に計画が洩れて自刃した四十六歳の姿を舞台に乗せるとあっては、「慶安太平記」などとはべつの興味で見逃す訳にはいかないのだ。島原の乱の残党との設定で、他にも柳生十兵衛等、実在の人物が登場し、当時の、不安定な徳川政権確立期の江戸を舞台に、夜タカ、岡っ引等、誰が主役かと戸惑うほどの扱いで活躍する、いわば民衆劇の作りでもある。それどころか、七十年安保を生み出した昭和四十年代前半の世相、―――政治、経済、社会現象の時代劇版の要素が色濃く投影していて、既成秩序一切破壊の炎のに「新劇」があり、作、演出、俳優の活躍で、それを如実に示した舞台であることは、イマの客の眼にも明らかである。それを認めるか認めないか、好きか嫌いか等という「寝言」は跡形もなく粉砕されてしまう二時間だった。とはいえ、毛利攻めによる尼子氏の滅亡と、その再興を願う山中鹿之助の話を、六十年安保反対闘争の敗北を投影して描いた福田善之の「三日月の影」(余談だが筆者はこの青芸の舞台の批評を昭和四十年の「テアトロ」誌上に発表した)の延長に「由比正雪」の土台を位置づけ、その歴史的事実はしっかり固めた上で、さらなる飛躍追究展開を示したのが唐十郎であることを、あらためて確認した。
ともあれ、全般的に、小さく静かになつてしまった劇界を揺さぶりたい破壊=建設の衝動にかられた演出と見るのは言い過ぎだろうか。老観客の一人である筆者でさえ、赤テントや新宿文化の地下などうろついていた昔を偲んで、思わず興奮さえしていたのだから。塩野谷正幸、沖田乱、伊藤弘子、上田和弘等おなじみの役者が奮闘していて気持ちがよかった。他に小林七緒、平野直美、坂井香奈美、阿萬由美、鈴木麻理、眞藤ヒロシ、甲津拓平、イワヲ、保村大和、蒲公仁、加地竜也、小川輝晃、阪本篤、木暮拓矢、奈佐健臣、栗原茂、藤村一成、冨澤力、武田智弘が出演。
『由比正雪』
「悲劇喜劇」2008年11月号 演劇時評 越光照光
唐十郎作、流山児祥演出です。本多劇場でやりました。
唐十郎が一九六八年に二十八歳の若さで書き上げた作品。劇団状況劇場が新宿花園神社で上演した「由比正雪〜反面美人の巻〜」は、若き日の流山児祥が演劇=集団とは何か≠体験した原点でもあるといいます。流山児★事務所創立二十五周年記念公演と銘打ってあり、芝居の進行に重ねて随所に、六〇年代後半に盛り上がった学生運動の映像記録がその舞台装置に映しだされるなど、演出家流山児祥の思い入れが充分に伝わるエネルギッシュな舞台となっていました。
『由比正雪』
「江森盛夫の演劇袋」2008年8月14日 江森盛夫
この芝居は69年の新宿西口公園でのあの「腰巻お仙」上演事件の前の年68年に花園神社で上演されたが、観ている人は少なくて幻の芝居のようで扇田昭彦さんも観ていないそうだ。この芝居は唐の芝居の臭いが全く感じられない。セリフも唐ワードでなくて、唐の作とは思えない感じなのだ。正雪の時代の江戸、島原の乱、天草四郎とか、それらの事件についてのナレーションを入れるとか、芝居全体がアングラのコードを使っていない「普通の芝居」なのだ。
その時代を彷彿させる吉本隆明「言語にとって美とはなにか」をもじった、「剣にとって美とはなにか」などのセリフが頻発するが・・・。つまりアングラ芝居、唐独特の芝居の最前期の作品なのだ。だからこの芝居を観て福田善之の「袴垂れはどこだ」を思い出した。唐は福田がリーダーだった劇団「青藝」にいた。歴史上の人物に現在を重ね、江戸のアウトロー、浪人正雪の時代への反逆を描き、クーデターを起こす話は福田の作風をかなり忠実に学んだ芝居だと如実に感じさせた。
流山児がこの作品を掘り起こして上演したことは、唐の作品の理解のためにも演劇史的にも有意義なことだった。テクストを損なわないきちんとした舞台だった、長年下積みだったイワヲが柳生十兵衛という大役をもらって、とにかくサマになっていた。嬉しいことだ。
『双葉のレッスン』
「中日新聞」 2008年6月6日 (三田村)
名古屋を代表する劇団の一つ、少年王者舘の主宰・天野天街が日本劇団協議会の創作劇奨励公演「双葉のレッスン」を演出し東京・下北沢の小劇場ザ・スズナリで上演されている。流山児★事務所の制作で、京都の劇作家ごまのはえ(ニットキャップシアター)の戯曲を演出した。
名古屋と関西の演劇人の顔合わせで東京中心の現代演劇シーンを揺るがそうと、流山児祥が企てた。降りやまぬ雨で孤立した旧家の洋間を舞台に、団地から避難してきたらしき人々が織りなす奇妙な物語を夕沈振り付けのダンス、濱島将裕の映像など少年王者舘の特徴をたっぷり交えて味付けた。
ごまの戯曲を大幅に改変。天野流の手並みで登場人物が錯綜し、時間がよじれ、記憶が混濁したような幻惑感を生む舞台となった。
『双葉のレッスン』
「シアター・アーツ」2008年秋号 オールラウンド★観劇日誌 江森盛夫
流山児はパンフで「何処にもない演劇を創ろう、演劇でしか出来ないコトをやろう!」を合言葉にこの芝居を三者で創ったと書いているが、その合言葉はほぼ舞台で叶っている。客はアマノ・マジックに幻惑され、翻弄されてあっけに取られて舞台に奪取された
設定は近未来のニッポン。降り始めた雨がやまず、団地の人々は旧家の洋館に避難した。つまりは方舟に乗り合わせた人々の新世界の「創世記」、そこでの人々の未知の世界への初めての(双葉の)行動様式のレッスンというものらしい。舞台に現出するのは、この館に入ったり出たりする行動、人々との関係や必要な用事を果たすという原初的な事柄のレッスンらしい。それは同じアクションの際限のない反復で、反復にも微細な差異があり、その反復の高揚が極点に達するとダンスやコーラスに昇華される。
その反復の独創的なスコアは哄笑に満ちていて、新しいルーティンを創造する真摯な試みだと自然に納得できるのだ。伊藤弘子が出色、天野の演出に即応するセンスが抜群だ。
『双葉のレッスン』
「もずくスープね」 安藤光夫
『双葉のレッスン』は、「面白かったですね」とひとことで言ってしまうのはもったいないような、奇妙な余韻を残す作品であった。降る雨は止むことを知らず、限りなく洪水に近い状態の中で人々は或る旧家の洋館に避難してくる。その中で謎深いサスペンス・ドラマが男女たちによって繰り広げられてゆく。しかも、その洋館さえも水底へと沈みかかっている…。そこに、天野天街の得意とする反復と差異の運動作用が随所で働いて、観客は物語をどう判断すべきなのか眩惑を覚え始める。
…さて、我が個人的な経験として、和田竜の『のぼうの城』を読んだばかりであったことは前述の通りである。豊臣秀吉による小田原北条攻めの際、別動隊を命じられた石田三成が、北条方につく武州忍城を攻めるにあたり、秀吉の有名な備中高松城攻めに倣って、同様の水攻めを忍城に対しておこなうも、こちらは結果的に失敗に終わったという史実がある。これを魅力あふれる痛快娯楽時代小説として描いたのが『のぼうの城』である。この時、人工湖のどまんなかに浮いたように見えた忍城は「忍の浮き城」と呼ばれたというが、その光景と、今回の『双葉のレッスン』の洋館のイメージが、自分の脳髄の中ではほとんど重なっていったのである。或いは「浮き城」というよりも、辻井喬の詩/小説の題名よろしく「沈める城」のイメージのほうが適切かもしれない。
そんな「沈める洋館」の中で、あたかも梅原猛が柿本人麻呂の悲劇を描いた『水底の歌』と、ディズニーランドの『ホーンテッドマンション』が交差するようなイメージで、「水底」での死の舞踏会が繰り広げられる場面は、哀しく怖く美しい。そして、天野作品としては珍しい洋館でのサスペンス、しかも不思議な反復技法で描かれる様は、今年2月に亡くなった仏作家アラン・ロブ=グリエが脚本を書いた傑作映画『去年マリエンバードで』(アラン・レネ監督作品)を思い出させるものでもあった。そういう意味で、『双葉のレッスン』は、『去年マリエンバードで』×『のぼうの城』÷(『水底の歌』+『ホーンテッドマンション』)として楽しめるものであった。
『双葉のレッスン』
「演劇◎定点カメラ」 まねきねこ
ニットキャップシアター・ごまのはえ脚本を、少年王者舘・天野天街演出にて。舞台。洋館のリビング。正面奥、一段高く。窓際に椅子三方。左隣に登り階段の 一部、右の壁に「思イ出スベカラズ」の貼り紙。両壁は貼り紙がはげかけ、内に棚、写真や人形など置物。
お話。一発の銃声、惨事のしるしから始まり。世界は洪水、高台の洋館に避難している人達。誰もが誰かを捜し続けて、出会えない。ここにいながら、いない人々の思い出=記憶は輪舞のように繰り返される、すこしづつ形を違えながら。
異種混合素材もみんな天野レシピに煮込まれ。ファンには嬉しい味付け加減。前半はミニマルな会話延々。そんな中、壁紙が「思イ出スベカラズ」→「思イ出ステルベカラズ」と意味深に変化。後半、ダンスと映像を挿入して、少年王者舘らしい演出。一方、物語はモザイクが晴れるように生っぽく露出を始め。男女、近親の愛憎が ぽつぽつ、時折どしゃ降り。足下が揺らぎ、不確かとなっていく世界で色濃く、確かにわき出る情感に興味津々。
『ぜ〜んぶ書きかえたロール・プレイン・ザ・バグ』 「毎日新聞」〜日常生活のエネルギー結集!〜 2008年5月1日 明珍美紀
平均年齢57歳。女性だけの演劇集団「楽塾」の年に1度の公演が新宿区の「SpaCe早稲田」で開かれた。劇のタイトルは「ぜーんぶ書きかえた、ロール・ブレイン・ザ・バグ」。劇作家の北村想さんが「楽塾の女性たちのために」と書き下ろした新作で、羽田から札幌に向かう飛行機に乗っていた女性11人が、異次元の砂漠に放り出される物語。奇想天外なせりふや歌のなかにも、高齢社会や沖縄、戦争の問題などが盛り込まれる。 楽塾は、演出家の流山児祥さんが「中高年の大人たちで演劇を」と呼びかけ、98年春に旗揚げ公演をした。「初めは男性もいたが、いつの間にか女性だけになってしまった」と流山児さん。現在、メンバーは50歳から67歳までの14人。「それぞれ家庭や職場で奮闘し、日常の思いを演劇というかたちで発散している」
『ぜ〜んぶ書きかえたロール・プレイン・ザ・バグ』「シアター・アーツ」2008年夏号 オールラウンド★観劇日誌 江森盛夫
北村が楽塾に書き下ろした新作。羽田から千歳へ向かう飛行機が砂漠に墜落? 北村の宇宙、神、それに原爆と沖縄と北村ワールドが詰め込まれたビターなナンセンスファンタジー。それを流山児が歌と踊りを絶妙に按配して楽しい舞台になった。平均年齢五六歳の女性集団楽塾は十一年目でも初々しさを失わない。
『ぜ〜んぶ書きかえたロール・プレイン・ザ・バグ』 「演劇◎定点カメラ」 まねきねこ
舞台。クリームの柔らかい段ボール壁。パステルのタイル状パネルを重ねた、優しい感触の美術。
お話。砂漠に墜落した飛行機の生存者達は、いずことも知られぬそこで困惑する。 ゴジラと先の戦争、戦地沖縄、暴君アメリカ、老人犯罪と背景、宇宙の成り立ち、
夢と現実が劇的に交錯する。
楽しく、ちくりとメッセージを忘れず。歌と踊りたっぷりの音楽劇仕立てで綴り。 やったもんがちな、つらいけど楽しそうな、シニア役者達。よく動くわ、唄うわ、
パワーと気概に驚き、心から拍手をしたいねこ。生と死、国家と国民の犠牲を負った作品に、懸命健気な有り様が重なり、味わいひとしお。時代に置かれ、単刀直入に
暴力で感情表現の老人犯罪はより切実。盲人達の見えざる事実や酷い現実を映した暗喩、踏まえての荒唐無稽ぶりとも、魅力的な舞台となった印象ねこ。
『血は立ったまま眠っている
』 映画芸術 2008年春号 「七十二歳の寺山修司」 伊藤祐作
二〇〇八年五月四日は、寺山修司が四十七歳で亡くなってから二十五年目の命日である。 寺山の「家出のすすめ」に煽られて上京したわたしは、いま五十八歳。
寺山の生きざまを見つめ、それに近い形で生きようと努めてきたが、老いた寺山像がないのだから、これからはわたし自身で考えて老いて生きることを実践していかなければならない。
そんなわたしにとって、二〇〇七年の夏に観た高取英の作・演出、月蝕歌劇団公演「寺山修司過激なる疾走」で語られた、青年寺山の独白調の科白、 「わたしだって、父親になるチャンスは、何度かあった」だが、わたしは父親になることを望まなかったし、自らを増殖させ、拡散することを、拒んできた。わたくしはわたし自身の父親になることで精一杯だったのだ=@は、ずーっと気になっていた。
寺山といえば即思い浮かぷのが母親との確執である。ところが父親ともいろいろあったようである。
また「家出のすすめ」を説いた寺山だが、実は彼自身は「天井桟敷」という擬似家族を作り、そこの父親であったようである。
父親、家族…‥
年齢のせいだろうか、わたしもここのところそういうことが多くなってきた。
念のために記しておくがわたしはひとり者である。
そんなわけで、ここのところどういう芝居を観てもそういう部分が やけに気になって観えてくる。
二月七日、新宿のSPACE雑遊で観た流山児★事務所公演「血は立ったまま眠っている」 (作=寺山修司 演出=流山児祥) は寺山が一九六〇年、二十三蔵のときに書いた処女戯曲。八年前流山児★事務所が上演した公演も観た。そのとき、この芝居は六〇年安保時のテロリストの物語であったと記憶している。
ところが、今回わたしがこの芝居でひっかかったのは、本筋のテロリストの生きざまではなく、ストーリー展開上は脇役である猫殺しの少年 (小林七緒) と床屋であるその父親 (冨澤力) の生きざま・死にざまだった。仲間を裏切った父親に対し、少年はこんな科白を吐く。
「裏切り者のお父ちゃんなんか、おれの唾だ」
「おれの吐き出す唾のなかでも、一ばんうすい、水っぽい唾だ」
「父ちゃんの豚め」
これは寺山の父親観である。寺山は処女戯曲ではっきり父親との確執を書き記していたのである。
父親を豚と定めたとき、少年は?
この苦しさは、そう定めた者しか理解出来ない。わたしが若い頃に寺山に親近感を持ったのは、父親を豚と定めたその感性が共通していたからかも知れない。
ところで、いま寺山修司が生きていたとしたら、七十二歳。どのような老い″を見せてくれているのだろうか。
『血は立ったまま眠っている
』 演劇雑誌テアトロ 劇評:林あまり 2008年4月号
日本劇団協議会 次世代を担う演劇 人育成公演/流山児★事務所「血は立ったまま眠っている」 (寺山修司
作、流山児祥台本・演出、SPACE 雑遊) は意欲的な舞台だった。
一九六〇年に発表された、寺山の処女戯曲。同年四月、劇団四季が初演、
演出は浅利慶太。日下武史や影万里江が出演している。「この作品の稽古中に、六〇年安保闘争は最大のヤマ場にさしかかり、デモ隊が国会に乱入したとき、私たちは最後の舞台稽古に入っていた。世をあげて政治的季節に酔っているとき、政治を通さぬもう一つの『救済』と『解放』のための抵抗を説くことは、きわめて至難のことであった」と、寺山はのちに記している。
(『寺山修司の劇曲3』思潮社)
当時と現在とでは若者の置かれている状況は全く違う。けれど、どうだ。
テロリスト志望の青年も、猫殺しが趣味の子供も、いま生まれたばかりのよ うなみずみずしい登場人物ではないか。
流山児は今回、多少の削除と変更はしているものの、ほぼ九割がた、もとの戯曲の通り上演している。それが良い。寺山の言葉がこの時代にどう聴こえるのかが、はっきりと判断できる。
宇崎竜童の音楽に乗って、若者たち が歌い、跳ね、踊る。もっと激しい口ックミュージカルに仕立てても面白いだろう。
『血は立ったまま眠っている』 産経新聞文化欄 「週末魅シュラン」 2008年2月8日 昇
日本劇団協議会の「次世代を担う演劇人育成公演」のひとつ。流山児★事務所による「寺山修司没後25年メモリアル テラヤマ・プロジェクト第1弾」は、昭和35年に発表された寺山の処女戯曲。平成12年に閉館した小劇場ジァン・ジァン(東京・渋谷)での最終公演以来、8年ぶりの上演となる。
革命を夢見る自称テロリスト、退屈な生活を持てあますチンピラ、彼らをそそのかすナゾの男ら、戦後の焼け跡に生きる著者たちの反抗を描く群像劇。演出の流山児祥いわく、上演時間は前回の1時間50分から15分ほど短くなり、若手俳優ならではのスピード感を増したという。そして破壊、むき出しの性、アナーキーさ、猥雑さの要素も。約70席の小空間が熱い。 ☆熱血度99%☆
『血は立ったまま眠っている
』 「藤田一樹の観劇レポート」 2008年2月6日 藤田一樹
寺山修司さんの処女戯曲『血は立ったまま眠っている』。この作品が流山児★事務所によるテラヤマ・プロジェクト第1弾として、SPACE雑遊という新宿のとても小さな劇場で、明後日まで公演されています。戯曲が半端なく面白いです。そして、荒々しい疾走感に満ちたパンチ力のある演出も然り。上演時間は約1時間35分。
安保闘争といった時代背景を踏まえながら、若者たちの憤りや葛藤が熱く描かれていく青春ドラマ。だけれども、同時に演劇の虚構な嘘の世界を露にしていく刺激的な戯曲でした。演劇という従来の形式をぶち壊そうという闘志がメラメラと燃えているようで、演劇表現の新たな可能性を模索しているようにも感じます。今回の演出も戯曲に過剰な意味を加えないで、シンプルかつストレートな作りでとても良かったです。
ひとつひとつの台詞がとても面白くて聞き惚れました。最近の戯曲や文学は、読みやすかったり聞きやすい言葉が多めな気がするけれど、この作品の言葉は何度も何度も胸に引っかかって、読解したり思考したりするのがすごく楽しかった。きっと役者さんの身体を通して体現していくことで、いつまでも色褪せない新しい戯曲のままでいるのではないだろうか。
『続・オールド・バンチ』 雑誌「文藝軌道」 2008年4月号 「2007年秋の舞台」 野平昭和
昨年十二月の第一回公演に続く第二回公演 (第三回が一応最終公演になるとのことだが)として、「パラダイス一座」と名乗る現役第一線の、最高九十一歳の成井市郎から、最年少の肝付兼太七十二歳の、五人の老名優(?)と、十二人の若手(?) 俳優等、計十七人の出演する舞台である。作者の佃典彦四十三歳の戯曲を、演出の流山児祥六十歳が、装置の妹尾河童七十七歳の見事な舞台の上で繰り広げて見せる、まさに復讐劇ではあるが、同時に、唄入りのオペレッタ風というか、バラエティ風なところさえある楽しいオシバイでも あった。
昨年の作者山元清多が六十七歳だったせいかもしれないが、銀行強盗の話の中に、直接戦争体験が出てきたのに反して、今回の続篇では、一九六三年十二月という東京オリンピック前年に、一網打尽に抹殺されようとしていた殺し屋たち、という時点がスタートラインになつていて、四十四年後の現在の再集結の場所が、廃止後の銭湯を改造した老人福祉施設「ドゥライフひまわり」という設定で明らかなように、戦争ではなく、現在進行中の諸問題の中で、すべてが展開するという生々しさが前面に出ているのはおもしろい。二〇一六年に、東京オリンピック招致に名乗りむあげる、という今の状況の上に劇が進行してゆくからでもある。
日本暗殺者協会というのがあって、二〇〇七年十二月のある日、元亀の湯、今は「ドゥライフひまわり」に、老いた殺し屋ハリー(本多一夫)もぐら (肝付兼太) がえんま (戌井一郎)を探して入ってきて、職員の田所(石井澄)横山 (坂井香奈美)を相手に、歌まじりのトンチンカンな問答を繰り返しているところへ、うるふ(瓜生正美)も加わり、浴槽に隠れていた男を縛り上げる。性転換して男性になつたろーず(中村嘩夫)も加わり、腕はいいがもぐりの医者B・J(岩淵達治)のビデオを見せたりする。そこへ三波春夫のお面をつけたえんまが、現われる。実は皆「招待状」で集められたのである。浴槽の男、小谷ユウジ (谷宗和) は、老人施設慰問サービスセンター 「ハートケア」 の職員と名乗りクリスマス・ケーキを取り出して一同に振舞うが、毒入りだとうるふが止める。
しかしケーキは何ごともなかったが、横山だけが倒れる。キノコから抽出した神経毒の匂いがするとろーずが見破る。ついに小谷はこぶら(藤村一成) の孫だと名乗り、こぶらはもちろん、東京オリンピックの前年に父も殺され、その復讐のために「招待状」を出して一同を集め、仇を討つとピストルを構える。だがえんまの手によって、日本暗殺者協会乗取りを企むハイエナの指示で、小谷に架空の仇討ちを実行させるために送り込まれ、失敗すれば、直接ハイエナが手を下すことになつていて、今や、この施設が包囲されていることが明らかになる。果して小谷は撃たれ、真相が明らかになり、ついでにもぐらが協会に入れない訳も、えんまが若い時ホステスに生ませた息子だからとわかり、すべてが明らかになる。
こぶらの弔いに集まった五人が自浪五人男ばりの見得を切っているところへパトカーのサイレンの響きが迫る中で幕となる。
一見荒唐無稽の歌人りドラマに見えるが、風刺の利いたホンの骨組みとディテール、それを血肉化した五人の老名優とそれを支える役者群の力で、爽快なカタルシスを得た。
『続・オールド・バンチ』 シアター・アーツ
2008年春号「彼たちに明日はない」 『続オールド・バンチ』をめぐって 林カヲル
小劇場演劇は若さの演劇だった。演じる者が若く、見る者もまた若い。若さは老いを憎悪する。既成の演劇、特に新劇を強く否定した。自然の若さは本質としての新しさであり諸々の望ましいものであり、老いはその反対だ。
やがて小劇場の演劇人たちは地位と評価と年齢を得る。本質としての若さを保持したまま、あるいは捨てられぬまま。自然の老いを退けることはできないが、本質としての老いは排除されるべき敵だ。ミック・ジャガーは永遠の若さに呪縛されているかのように、今も「(若い)俺たちは満足できねえ」と歌っている。
しかし若さは老いを否定せずにはいられないのか。現在の若い演劇にとって既存の演劇や老いとの関係はもっと柔軟であるように見える。老いと対立しているのは老い自身なのだ。老いの演劇とは誰のどんな演劇なのか。近頃話題の
高齢者による演劇がそうなのだろうか。
二〇〇六年十二月、ザ・スズナリにおけるパラダイス一座の旗揚げ公演『オールド・バンチ〜男たちの挽歌〜』(作=山元清多、演出=流山児祥)は、年の瀬の思わぬ拾い物だった。大して期待していなかったのだ。パラダイス一座とは流山児祥が結成した活動三年限定の高齢者劇団である。九一歳(年齢は二〇〇七年当時)の戌井市郎を筆頭として、年齢順に瓜生正美、中村哮夫、本多一夫、そして最年少七二歳の肝付兼太。観世榮夫と岩淵達治は映像で参加した。本多が元俳優の劇場経営者で、他は演出家。
俳優も兼ねる肝付を除けば、演技は五十年ぶりという本多も含め、舞台経験はほとんどないに等しい。これは裏で長く活動してきた演劇人たちが表舞台に立って見ました、という所詮はお遊びの企画だろうと高を括っていた。しかしこの気分はいい方向へ裏切られる。あれほど無条件の楽しさを味わえるのはまれだ。しかし、いい舞台というのとは少し違う。そもそも、あれは演劇だったのだろうか。
さて一年後の再び十二月、劇場も演出家も同じ、作者のみ佃典彦に代わって『続オールド・バンチ〜復讐のヒットパレード!〜』が上演された。残念ながら観世榮夫は亡くなったが、他の座員も彼らが醸し出す楽しさも健在だった。
続と銘打っているものの、登場人物も内容も別物だが、数名の年老いた悪漢たち、つまりオールド・バンチの物語という点では繋がる。そもそもこの題名はサム・ペキンパーの西部劇映画『ワイルド・バンチ』が元になっているのだから、時代遅れになった中年強盗団の行末を描くという大枠を借りているのだろう。
今回の彼らは日本暗殺者協会の会員で、東京オリンピックの前年である一九六三年、協会の内部抗争に巻き込まれて殺されかける。その危機を何とか逃れ、別れた四十四年後、オリンピック誘致が叫ばれる二〇〇七年に因縁の場所への招待状が届く。一瞥以来の再会。しかしそれは、現在の若い協会実力者の彼らを殺そうとする陰謀であり、危機と脱出が繰り返される。
このように物語を要約してみても、作品の魅力は伝わらないだろう。それはどこかで見たような活劇の断片で綴られているが、そこから何か新しいものが生まれているとは思えない。しかしこの台本は独自の物語や思想を提示しよう
とするものではなく、一座の座員たちが舞台に存在するためのきっかけ、生きるための手がかりと考えればよいのではないだろうか。それならパターンであることは、かえって俳優と観客を結びつける役に立つ。
たとえば彼らが登場する場面では、全員黒のスーツで舞台前面に居並ぶ。五人、悪漢、勢揃いとなれば、白浪五人男を思い出す。そして劇の最後で、お約束のように七五調の台詞で五人男が演じられる。しかしこの引用自体が面白いのではない。白浪物の雰囲気が彼らを包むと五人の立ち姿という絵面が輝くのだ。極端にいえば彼らが動く、語る、笑う、それだけで何やら心が浮き立つ。
そうなるのも彼らの内に観客を惹きつけるものがあるからだ。彼らはそれぞれの役であると同時に彼ら自身でもある。観客は暗殺者のリーダーが同時に戌井市郎であることを忘れることはない。彼らはしじゅう台本からはみ出して自身を露出する。といっても素の、高齢の彼らではなく、年齢を持たない俳優としての彼らだ。その時彼らを支えるのは一種の芸であり、ほとんど演芸大会に近づく。さきほどこれは演劇だろうか、と書いたのはこういう理由であった。
中高齢者演劇を、演劇経験のほとんどない中高齢者がプロによる訓練を受けて上演するものだとして、二〇〇七年はその注目度が一挙に高まった年だった。主な原動力はさいたまゴールド・シアターの第一回本公演『船上のピクニック』だが、彼らは前年の活動開始時点からすでに話題を集めており、先の定義から
は外れるがパラダイス一座もこのブーム形成に与ったといえよう。同じく流山児による十年早いゴールド・シアターともいうべき楽塾も昨年本多劇場で十周年記念公演を行なっている。川村毅は中高齢のベテラン俳優ばかりを集めて
二〇〇六年に『黒いぬ』を作・演出した。ここに挙げていない他の中高齢者演劇も含めての推測だが、集まった人々と彼らを指導する演劇人の少なからぬ部分に次のような思いがあるのではないだろうか。彼らのほとんどは演劇の経験
も技術もない。しかし豊富な人生経験と処世術があり、演劇への並々ならぬ熱意がある。その蓄積された財産を情熱と訓練によって表現に転化すること。こうして固有の劇形態を発見し作り上げられたなら、それは技術に勝る若い俳優の及ばない独自の世界になるはずだ。
ゴールド・シアターを指導する蜷川幸雄は「個人史と表現を結び付ける」と言う。「生活史を表現へ」と言い換えるなら、たとえば鈴木忠志を始めとするアングラ演劇の方法論になる。蜷川や流山児などアングラから出発した人々が、
いま中高齢者演劇に腰をすえて時間と手間を割くのは、初発の志を取り戻すためであるのかもしれない。
ゴールド・シアターは新聞の社会面でも取り上げられた。老いはシアターが上演する演劇の問題にとどまらない。生活と演劇を往復する活動自体が高齢者をめぐる社会の問題でもあった。
一方、パラダイス一座では違う。まず、舞台経験がなくても、演劇経験はありすぎるほどある。人生も人並み以上に波乱万丈かもしれない。しかしそれら全てを生活史の名の下にまとめてしまっては、わざわざこの人々の演じる意味が
薄れてしまう。かといって演劇生活史と限定しては表現の幅を狭めかねない。
そこにあったのは、少なくとも生活から直接汲み出したのではない作品だった。演出家が俳優になる時、演出の経験は蹟きのもとにもなりかねない。彼らの演技は多年の演出生活から得た精髄を提示するというより、過去を脱ぎ捨て
た自由に満ちていた。すでに生活と表現を結ぶ回路を確定している場合いこの道から外れることが必要だったのではないか。結果としてこの軽さ、薄さは今日の若い演劇の一部に似ることになった。中高齢者演劇は、社会問題の文脈で語られるだけのものではない。ゴールド・シアターもパラダイス一座も演劇の現在を担っている。
同時に、各地で展開しているであろう中高齢者の俳優訓練は、明治時代の自由劇場の「素人を俳優に」というスローガンを想起させる。その訓練は、若い俳優志願者向けのプログラムを体力や記憶力の衰えた人々向けに手直ししたものなどにとどまる必要はない。稽古場は二十一世紀の自由劇場でもある。新しい演技が目指されてよいのだ。
ゴールド・シアターのメンバーにとって演劇は切実な課題であるようだ。俳優で生活できるかと言う心配がいらない分、不満の過去と不安の未来の精神生活をかけている人も少なくない。舞台は、彼らの全生活過程が表現に転化して
問われる場所だ。
だが、彼らより一回り以上高齢のパラダイス一座では違う。たとえば九十代の戌井を見て、台詞を間違えずに語りしっかり動いている、矍鑠(かくしゃく)としているなどと思うのは演劇の問題を老人問題に矮小化することだ。
この場合、演劇の方が大きい。そこで彼はまず俳優であり、次に高齢の人間だ。舞台活動を支えるはずの身体機能と表現能力の順序があたかも逆転している。ゴールド・シアターが単なる数字には還元できない固有の年齢を引っさげて舞台に立っているとすれば、一座は年齢も体験も置いて舞台に出ている。この、何かに根拠を置かない、人生を背負わない演劇。その魅力は無視できない。
プロという目的があるゴールド・シアターにとって、技術の上達は重要な課題だ。一座にとってもどうでもいいわけでなく、実際第一回から第二回ヘと確実に上手くなり慣れてきている。しかし個々に向上心はあるとしても、これから俳優になろうというのではあるまい。ゴールド・シアターが余技以上の本業を目指すなら、本業に限りなく近い余興といってもいいのではないか。ただし演劇の深い知識と経験から出発して、それらから離れた結果の余興だ。目標を持たず気楽な真剣さで取り組む遊びだ。この、発展のない、可能性のない演劇。そのたたずまいが人を誘惑する。
老いの演劇とは何か。ゴールド・シアターを始め多くの中高齢者演劇は、身体の衰弱ではなく生活経験の多様性としての老いに根拠を置き、未知の表現を探求しょうとする。一座が独自なのは老いを否定も肯定もせず、意味付けを避け、もはや演劇ではなくなるような場所で老いという冠を脱ぎ、いわば演劇の裸体の魅力を発見したことにある。
この俳優たちは老人ではない。だから彼らには未来がない。彼らの演劇にも未来がない。ところで絶望は未来に属する。だから彼らの演劇には絶望がない。それはつまらぬことだろうか。
『続・オールド・バンチ』 「太郎の部屋」2008年1月1日号 芝居の日 鈴木太郎
佃典彦作、 流山児祥演出、妹尾河童美術。平均年齢が79歳の男たち劇団で三年間という期間限定の2年目の舞台。
旗上げの昨年のメンバーは戌井市朗、瓜生正美、岩淵達治、観世榮夫、中村哮夫、本多一夫、肝付兼太の7人だったが、今回は6人(観世榮夫が死去)。ベテランの演出家や俳
優たちがみせてくれるエネルギーの発露はとにかく刺激的で、なんといっても面白い。
舞台は1963年の東京の下町。銭湯・亀の湯から始まる。銭湯の壁にはくっきりと富士山が描かれている。しかし、銭湯は廃業、福祉施設になっていた。そこに、殺し屋の4人が集結してくる。それぞれに思い出の曲を歌いながらの登場である。1時間35分の舞台には笑いと歌と熟年人生そのものの感慨がつまっていた。ラストには「白浪五人男」に即した名セリフが用意されていた。けいこが好きな演出家のもとで、よくぞやってくれたという感じであった。
プログラムもよく出来ている。作家と演出家による座談会も楽しい読み物であったし、台本も収録されている。2009年2月、本多劇場の3作目も楽しみだ。
『続・オールド・バンチ』 「悲劇喜劇」2008年3月号 岩波剛・藤井清美
高田 では、パラダイス一座の「続・オールド・パンチ〜復讐のヒットパレード〜」、佃典彦作、流山児祥演出、妹尾河童美術です。下北沢のザ・スズナリでやりました。去年が第一回で、たいへん好評でした。出演者は平均年齢七十九歳。
岩波 えー。七十九歳か。
高田 成井市郎さんが最年長であとはずっと若くなりますけど、瓜生正美、中村哮夫、本多一夫、肝付兼太ですか。ではこれを藤井さんのほうから。これはストーリーを簡単に言っていただかないと。
岩波 これは殺し屋なんだな、マフィアじゃないんだ。
高田 殺し屋です。
藤井 去年の第一回目がわたし観られなかったんですけど、第一回目のキャラクターを踏襲するかたちになっていたようですね。日本暗殺者協会≠アれは微妙に日本演出者協会≠ノ聞こえる。
高田 あれは酒落てますよね。
藤井 暗殺者協会の暗殺者たちのグループがいて、若いころの絶対絶命のピンチに陥ったシーンから始まるんですけど、ピンチを何とか切り抜けて生き残った人たちがこの何十年を経て、一人亡くなった人の葬式という名目で呼び出される。誰が呼び出したかも分からず、どういう事情で自分たちがそこに来ているのかは分からないんですけれども、その記憶をたどりながら、その中で年齢が上にあがってることを強調するために何ども同じ話を繰り返すとか、そういうことをやっていました。
結果として、ある男が自分の父の敵であると信じて、その復讐のためにみんなを呼び出したんだということが判明し、その男自身が騙されていて、実は暗殺者協会の新勢力が黒幕で、邪魔になった旧勢力の人たちが陥れられたということが分かってきます。
その中で昔のピンチの時の自分たちと対面する場面があって、その場面がわたしは面白かったなと思ったんですけど。
高田 岩波さんもご覧になってるんですね。
岩波 駆けつけて観たけれども、出てるのは演出者協会、演出の人たちですよね。岩淵達治さんも映像で出演してる。
老人福祉施設を会場にするという、そういう現代性を持たせてちょっとハードボイルドと思わせて、老人だからできないこともあるけど、老人でなきゃできない役ではある。、一種のヴォードヴィルって感じ、オペレッタの変形で、浅草軽演劇系列のものだと言える。
演出家のインテリだから、奇妙なサスペンスの中にちゃんといいたいことを挿入している。「アメリカはサダム・フセイン一人倒すのに、民間人を何人犠牲にした。ビン・ラディン一人殺すために何万人を殺したと思う?」 「おれなら一発で仕留めるぜ」と、こういうかたちで現代の問題を折り込んでますね。
そして、誰が招待状を出したか。アガサ・クリスティーを思うわけだけれども、「そして誰もいなくなった」じゃなくて、逆に全員が最後に、「白浪五人男」 の勢ぞろいじゃないけど悪人の名乗りを上げて幕を切る。楽しい芝居でした。
藤井 それぞれの出演者のキャラクターを佃さんがうまく生かしておられたと思います。
何人か若い出演者というか、若い日の姿を演じる人たちがいるんですけれども、その方たちがもう一役、老人福祉施設では老人を演じていて、それも典型的な老人、腰が曲がっていてヨボヨボしている老人を演じていて、彼らに対して 「本当の老人はこんなんじゃない」というようなことを言わせたりして、「もうまさにおっしゃるとおりでございます」
という感じがする。
そしてみんな歌って、踊って……という程ではなかったですけれども、でも少し踊って楽しかったです。でも来年が一応最終公演っていうことみたいで
岩波 本多一夫にはどこか遊び人の残り香がある。瓜生正美はあて書きなのかキマジメで、中村哮夫は女性から性転換した男のやわらかさとすごみを出していた。肝付兼太は動きの軽さ、成井市郎は台詞、とくに歌で思いがけない一面を見せた。なにより貫禄がある。
藤井 (笑)客席も興味深かったです。
『続・オールド・バンチ』 「長老演劇人舞台で気を吐く
」 日本経済新聞2007年12月15日 文化欄「アート探求」 河野孝
「問われて名乗るもおこがましいが、生まれは不詳…殺しはすれど非道はせず……地獄の『えんま』っ!」
「さてその次に控えしは、普段着馴れし振り袖から…泣く子も黙る毒矢の『ろーず』っ!」……
大団円で、歌舞伎の「白浪五人男」に負けじと名乗りを上げる伝説の殺し屋たち。東京オリンピックの準備に沸き立つ一九六三年、抹殺されかかった殺し屋たちが、四十四年後の今年、銭湯を改造した老人福祉施設によみがえった。 とはいえ、施設の職員から「老いてはケアマネに従え」という諺を知っているかなどと要介護老人扱い。 「始まるよったら始まるよぉ イチとイチで鬼さんだぁ ガオォ……」などとお遊戯をやらされて、苦み走った殺し屋も形無しだ。
しかし、彼らが集まったのは招待状を受けたから。招待主は慰問サービスの職員に化けた男と判明、同じ殺し屋だった祖父「こぶら」が仲間だった彼らに殺されたと思い込んで、復讐をたくらんだのだった。
殺し屋の経歴を紹介しよう。
えんま(日本暗殺者協会名誉会長)=現役最高齢の演出家、一九三七年、文学座創立に参加し、現在、文学座代表、劇団協議会会長を務める戌井市郎(91) うるふ(一匹狼のヒットマン)=演出家・劇作家、火野葦平らと「かもめ座」創立、その後、青年劇場の代表も務めた瓜生正美(83) ろーず(日本暗殺者協会元国際交流担当)=折口信夫の最後の生徒、演出家として息長く活動。弓道を習い、黒澤映画「蜘蛛巣城」の助監督で三船敏郎に向け失を射った中村哮夫(76) はりー(日本暗殺者協会)本多一夫(73) =新東宝ニューフェイス第四期生で俳優志望後、
本多劇場など多数の劇場を経営する本多一夫(73) もぐら(始末屋)=劇団主宰、声優・俳優・演出家で、アニメ「ドラえもん」のスネ夫の声といえば分かりの早い肝付兼太(72) ほかにビデオ出演するドイツ文学書の岩淵達治(80)、舞台美術家の妹尾河童(77)らが加わったのが高齢者劇団「パラダイス一座」だ。昨年の第一弾では能楽師の観世榮夫も参加したが、今年亡くなり、「こぶら」役に弔意をこめる。
仕掛け人は、アングラ演劇の精神を受け継ぐ演出家の流山児祥。「老いざまを見せるのも芝居者の仕事。商業化が進む演劇界で、プロ俳優やアマチュアとも違う演劇好きの重鎮が集まり、演劇本来の無償性を取り戻す試みだ」と説明する。
前回は銀行強盗、今回は殺し屋、とピカレスク(悪漢)ものが続く。脚本は名古屋で活躍する佃典彦が書いた。「今の世の中、毒になる芝居をやっていかないと変わらない」と流山児。
約二ヵ月の稽古で本番を迎えた出演者の声は……。
「客に受けようとするなと俳優にはよくダメだしするけれど、逆の立場になると、受けようとしてしまう」と肝付は苦笑する。 「自分の役の視点から見る風景が違う。弓を使う役を劇作家が書いてくれたのがうれしい」と中村。 熱演の瓜生が「役者の方が楽しい。芝居はやはり役者のものだ」と言えば、本多も「五十年ぶりに役者をやった。劇場主よりも役者が一番面白いことが改めてわかった」と楽しむ。 最年長の
戌井は「この舞台と並行して、文学座などで演出もしていた。自分も俳優として立っていると、無理なことは要求できなかった。高齢者の人たちに、我々も元気にやっているので、元気を出してくださいと言いたい」と語る。
彩の国さいたま芸術劇場では、演出家の蜷川幸雄の下で五十五歳以上の男女を対象にプロ俳優の養成を目指す「ゴールド・シアター」が発足したが、「パラダイス一座」は経験豊かな演劇人が演じるだけに、意外な面白さが発見できる。
「九十一歳の戌井さんが頑張っているから疲れたなんて言えない」 (中村)と体力勝負だ。再来年二月にも第三弾が企画され、「節制してそれまでは生きなければね…」(瓜生)と次の目標も定まった。
『続・オールド・バンチ』 「週末観シュラン」 産経新聞文化欄 2007年12月14日 昇
3年間の期間限定で昨年、結成された演劇界の重鎮たちによる高齢者劇団「パラダイス一座」の第2回公演。前回は気骨あるオールドボーイたちの銀行強盗ドラマで沸かせ、今回は老い≠フありようを描くことに定評のある佃典彦の新作で熱い芝居を見せている。
演出は流山児祥、美術は妹尾河童。
昭和38年暮れ。腕利きの殺し屋たちが組織に抹殺されようとしていた。それから44年後。生き延びた面々(戌井市郎、瓜生正美、中村哮夫、本多一夫、肝付兼太)が再び招集されるのだが…。若き日と老いた現在を交錯させた荒唐無稽な物語が痛快に展開する。平均年齢79歳。中でも91歳という最高齢メンバー、戌井の存在感とおちゃめぶりが最高!
『続・オールド・バンチ』 「河村常雄の劇場見聞録」 読売新聞 YOMIURI ONLINEエンタメ 2007年12月31日 河村常雄
流山児祥が3年の期間限定で立ち上げた高齢者劇団パラダイス一座の第2弾、「続オールド・バンチー復讐のヒット・パレード!」が、12月12日から21日まで東京のザ・スズナリで上演された。
佃典彦作、流山児演出。東京五輪の前年に内部抗争で死んだ仲間の葬儀に集まった5人の暗殺者の物語だ。 5人は老人になり、現代とのギャップに悩みつつも意気盛ん。時に歌い、時に歌舞伎調のせりふを語り、笑いの連続。
最も感心したのは暗殺者を演じた5人の「高齢」役者の味わい深さだ。文学座の演出家、戌井市郎、91歳。 青年劇場の創立者、瓜生正美、83歳。 守備範囲の広い演出家、中村哮夫、76
歳。 本多劇場経営者で近年、俳優活動の目立つ本多一夫、73歳。 「ドラえもん」の初代スネ夫の声優で、俳優、演出家の肝付兼太、72歳。 全員70歳超で、肝付以外は、演劇界の大物ながら、役者としては素人に近い。 しかし、人生の年輪が曰く言い難い味を滲ませる。名優の名演にはない味だ。
ほどなく彼らに追いつく団塊の世代に、大きな勇気を与えた一作。 40年もの長きにわたりアングラ、小劇場で暴れてきた流山児は、「演劇界の楽道を見つけた」とうそぶく。 自慢していい。快挙だ。拍手を贈る。
●雑誌「join」 私が選ぶベストワン2007選出 「団体:流山児★事務所」:柳原昇子氏、河村常雄氏選出
「作品」:佐藤康平氏選出 「演出:流山児祥」:浦崎浩實氏、佐藤康平氏選出
●演劇雑誌「悲劇喜劇」2007年の収穫に選出。 貝山武久氏
●雑誌「シアターガイド」あなたが選ぶ2007ベスト・ステージに選出される。
『オッペケペ』
雑誌「文藝軌道」2008年4月号 2007年の秋の舞台 野平昭和
一九六三年に福田善之が劇団新人会のために書き下ろした「オッペケペ」を、作者自身の手で今回改訂して上演されたものである。当時演出を担当した観世榮夫が、台本、演出と作者、演出と共同作業にあたることになっていたが、二〇〇七年六月に亡くなったため、追悼の意味を籠めて、観世条夫「新劇」セレクションとして上演された。
二幕ものではあるが、二時間半休憩なしの舞台から放出される迫力に、終演後、その熱気に興奮し久し振りの観劇後疲労さえ覚えた
ほどである。 明治初期に板垣退助等による自由民権運動が盛んになり、度重なる弾圧の中で衰退して行く。その中で壮士芝H盾が生れ、それに刺激されて、川上音二郎は書生芝居の一座を旗揚げするが、渡仏帰国後、日清戦争を題材に戦争劇で成功をおさめ、妻の貞奴と共に川上座を結成して欧米巡業の旅に出る、その頃の時代背景の上に、虚構として組み上げた劇である。
明治二十四年、大阪卯の花座の城山剣龍(河原崎囲太郎)一座(壮士劇上演中)に、愛甲辰也 (里見和彦) が入門したいと訪ねてくる。城山はオッペケペ節を作って自由民権思想普及を目指し、拍手喝采を浴びて小田原へ行く〔上演妨害をする吏党派壮士と乱闘が始まり、愛甲は人を斬る。責任者として城山は逮捕される。民党対吏党の対立の中で、奥中欣治(塩野谷正幸) は検事宅に放火を迫るが、城山の妻お芳(町田マリー) が止め、土田富吉 (冨沢力)が放火して一座に逃げ込んでくる。城山は釈放され、一座は上京する。内務卿・鎌
田剛道(加地竜也) は「オッペケペ」上演をめるように申し出る。城山は申し入れを受け入れる。その席で出会った芸伎・奴(伊藤弘子)と、愛甲はお芳と結ばれる。明治二十七年、日清戦争が始まり、城山は「戦争劇」で大当りする。愛甲は戦争反対を唱え、城山を舞台で刺そうとする。だが未遂に終り、城山は愛甲を許すが、愛甲は旅順陥落の報に熱狂する客の中に、黒木綿の筒袖に小倉袴、陣羽織姿というかっての壮士芝居の姿で、オッペケペを大声で歌い踊りながら現われ、観客の恩声、怒号の中で閉幕となる。
否応なしに客は今の日本の姿を重ねて見ない訳には行かない熱波が舞台から伝わってくる。当然、演出、演技は、そのことを意図し
ていて、日本の、世界の、人間の歴史は百年を越えても、変りばえしないもので、あらためて「歴史は繰り返す」という古い言葉を噛
みしめながら、夜の街へ出た。
『オッペケペ』 「太郎の部屋」 2007年10月1日号 芝居の日 鈴木太郎
流山児★事務所「オツペケペ――― 心に自由の種をまけ!」 (森下・ペニサ
ン・ピット)。観世榮夫「新劇」セレクションの第1弾。福田善之作、流山児祥演出。1963年の初演で、演出したのが観世榮夫だったという。
「オッペケペ節」といえば、川上音二郎がうたった歌で、明治時代の自由民権の代名詞的な存在である。ドラマはその川上音二郎や貞奴、伊藤博文、幸徳秋水などの人物を想起させるが実禄ものでなく、作者のオリジナルである。
今回の舞台は、作者自身による改作で2時間25分、休憩なしで突っ走るエネルギツシュなもので、重厚な仕上がりで芝居の面白さが堪能できた。
舞台いっぱいに展開された活気に満ちた芝居の世界は、まさに極旨。観世さんの出演が叶わなかったのが残念だった。
が、その意思を継いでつくりあげた舞台は感動的であつた。前進座の立女形として活躍する河原崎囲太郎が客演、なんと壮士演劇座長・城山剣龍役で、凄みのある男を演じきっていた。塩野谷正幸の重厚さ、客演の加地竜也の凄み、さとうこうじの巧緻さなどもあって、舞台にひきつけられた。久々に舞台の醍醐味を味わうことだできた。
『オッペケペ』 「WONDER
LAND」 2007年ベスト・ワン 「年末回顧 振り返る私の2007」 野原岳人
小説よりも奇なる事件が続いた今年、劇場空間でみるドラマに求める刺激の水準が高くなったのか、インパクトのある作品に出会う機会が少なかった。
『『オッペケペ』は、故観世榮夫氏の企画を流山児祥氏が引き継いだ福田善之氏の戯曲。ベニサンピットの演劇臭と、自由民権運動の時代感が見事にマッチ。演出・美術・役者の素晴らしさも含めて申し分のない傑作。
『オッペケペ』 「シアター・ガイド」 2007年12月号 STAGE GALLERY 映
ペニサン・ピットの小さなスペースを、天井いっぱいまでの装置と歌も交えた大群衆シーンで、ダイナミックに衣替え。
川上音二郎(劇中では城山剣龍)をモデルに、自由民権を訴える壮士劇が国威高揚劇に変わっていくさま、理想を追い求める弟子との愛憎を描く。
理想とは何か、なんのために表現するのか、行動すべき時とはいつか!
そこにあるのは40年以上前の”新劇’’のテーマであると同時こ、今日、私たちが向き合うべき課題でもある。
『オッペケペ』 「悲劇喜劇」200712月号 演劇時評 藤井清美×岩波剛
高田 では流山児★事務所でやりました福田善之作「オッペケペ」作者自身による二〇〇七年改訂版とあります。初演は六三年、新人会、
演出でした観世榮夫。今回はベニサン・ピットでやりました。
観世榮夫「新劇」セレクション 「オツペケペ」と表題が付けられてます。演出は流山児祥です。
岩波 一種の時代劇で、舞台は明治二十年代。この城山剣龍(河原崎國太郎) という一座の座長のモデルは川上音二郎。これは歴史的に有名な話で、彼がやった壮士芝居というのは歴史に残ってる。政府を批判する彼らの痛烈な皮肉を込めたオッペケペ≠ニいう歌が歌われたというのも歴史的な事実です。川上音二郎というのは自由民権運動の片棒を担いだ男ですよね。
ある日そこへ愛甲辰也(里美和彦)という若者が入門したいと言って来るところから始まります。自由民権の思想を歌と踊りに託した一座は、人々の喝采をあびて世評は高いけれど、もちろん反対派がいます。舞台で乱闘が起こり、あやまって愛甲は人を斬ってしまうけれど、逮捕されたのは城山座長でした。この傷害事件は政治問題に広がりますが、「検事の家に放火して事件を大きくしろ、それが民権連動のためるとになる」とたきつける奥中欽冶(塩野谷正幸)がいて愛甲は実行しようとしますが、それを押しとどめたのは城山の妻お芳(町田マリー) でした。でも結局、放火は別の男
・車夫土田寅吉(冨澤力)が実行して火事になるし、なぜか城山は釈放されます。政界の裏側の駆け引き、謀略に愛甲は気づかない。さらに、政府攻撃のオッペケペをやめるように、という政府高官の申し入れを城山は受け入れてしまう。その変節を信じられない愛甲とお芳は結ばれる……というふうに展開します。
今度の公演では、愛甲とお芳の交わりを相当濃厚に官能的に見せますが、初演のときの記憶にはそれがないんです。男女の愛というよりも、時代が変わり利害関係が変化しても愛甲は「どこか間違ってる」という思想の純粋さみたいなものを持っていて、そこにお芳は若き日の城山の姿を見た、だから結ばれるんだというふうに、若い日のぼくは感じ取っていた記憶があります。一九六三年、安保反対闘争の三年後という状況だったからでしょう。戯曲の意図はもっと広いかもしれませんね。
川上音二郎というか座長は日清戦争の戦意高揚劇をやるようにまでなってしまうわけです。城山座長にはそれなりの現実的思案、哲学があるのだけれども、愛甲辰也にとってはどうしたって受け入れられないわけです。戦争で人を殺していいはずがない。だけど民衆は戦争に向かつてるわけです。日本は勝てる、バンザーイ! という中で愛甲だけはそういうものに対して同意できない。最後、愛甲は抜身を持って、その戦争劇の花道に躍り上がって、ただ一人オッペケペを踊って歌い続ける。そして周りの連中に「バカ! 止めろ!」と言われたって続ける
藤井 この時代背景自体はもちろん他の芝居でも描かれていますし、いろいろ演劇を知ってる人間には比較的馴染みやすいところでもあります。逆に言うと、それ以外の人には非常に知識の差があるところかなと思ったんですね。
高田 ああ、そうですね。
藤井 それを今回映像を使って、観客がついて来られるようにしていましたね。しかもその映像が、説明くさくなくて楽しく観られる。踊ったり、歌ったりも含めて、そういうエンターテインメントにするための工夫があって、それが成功していた部分はたくさんあったと思います。はじめに二時間二十五分、休憩なしと聞いた時には、長いなと思って少し怯えたんですけれども(笑)。
そういう部分とは別に芝居の流れとして楽しく観られた部分は、大きく言えば挫折≠ゥもしれない愛甲の人生みたいなもの。そして最後、太鼓を叩いて、ずっと自分に振り向いてはくれなかった男を応援するという娘おみつ (坂井香奈美) のささやかな恋心だったりとか(笑)……そういうことがうまく出演者の雰囲気と合っていたのではないかなという感じはしました。 あと、今回に向けて台本を書き直しておられるんですよね。私はどのぐらい書き直さたかというのはちょっと分からなかったんですけども「初演の時にこのシーンは批判を受けました」ということをおっしゃっているところがあって、作者″という役に台詞で言わせてるんです。初演の時にこの場面は批判を受けたと、そのことをこういうかたちで新たに組み込んで、何十年か経ってまた同じ作家が書き直して上演したということがこの企画自体の面白さだと私は思いました。
岩波 夫の城山が政府と取引し、節を曲げたと知った時、「なんか、みんな…ぜんぶ……すごく、違っちゃつた……違ってきちゃってるじゃない、おかしいじゃない」 って、投げ銭を拾いながらお芳が呟く。これがこの戯曲の中では非常に有名なんです。藤井さんはこの中の愛甲辰也の心情、行動をどんなふうに受け取られますか?
藤井 そうですね、愛甲と城山の対立というのは、私も含めて、私の身の回りで常々行われていることだと思うんですね。そんなに今は演劇が政治的なことを負わされることによっては成功に直結はしないんです。いわゆる商業的成功と自分自身の「なんで芝居を始めたんだろう」という在り方ということでいうと、日々凄く際どいところをどの人も歩んでいるんですね。だからそのことと重ね合わせてみた時の、ある”いたたまれさな=Aどちらとも言えないんですけども。「違ってきちゃってるじゃない」というあの台詞は私も拾いました。また、あそこで踊って見せてしまいお金を貰うっていう、あれが「踊ってしまう悲しさ」というと変ですけど‥‥
岩波 藤井さんはやはり、流山児★事務所がこれをやった意味はあるんだと。愚かで滑稽だよね、こんなことしてしまって無駄だよね、でも愛甲はやってしまうのね。座長の言うとおりについていけば、歌舞伎座でちゃんといい役がついて、幸せになるだろう。でもそうしない、たった一人でもという純粋さ。一つ加えると、六三年に新人会が初演 すぐ翌年に再演されたわけですけ初日前から切符は売り切れだった
高田 ほう。
岩波 もの凄い。ただ俳優座劇場とか朝日ホールですから狭いんですけど。売り切れなんかほとんどない時に、つまり一九六〇年、安保反対闘争が挫折して、六三年というのは熱気が冷めていって、大衆行動をしたような人がもう忘れたようになってる時期に福田善之は書いたわけです。「違ってきてるじゃない」、そういうものに共感する人たちがいたわけです。だからあなたが言う意味では、政治的な一種のメッセージでもあるけど、同時に観客と舞台が共感し合うものを持っている時代であったと。
『オッペケペ』 「心に突き刺さる言葉」 映画芸術 421号 伊藤裕作
生身の人間が演じているからだろう。芝居の科白が、グサリと観客であるわたしの心に突き刺さってくることがある。
そんな科白に出くわすと、その芝居の台本が読みたくなり、手に入れて読み、その言葉を何度も何度も咀嚼して、なんとか自分の言葉にしようとしているわたしがいる。
九月七日、ベニサン・ピットで観たのが流山児★事務所公演「オッペケペ」 (作=福田善之 演出=流山児祥)
六〇年安保の余韻がさめやらぬ六三年に書かれた川上音二郎をモデルにしたこ の芝居、民衆と国体の問題を提起してい
てとても熱い。そんなこともわからず政治家になっている多くの平成の政治家た ちに、ぜひとも見せたい芝居だと思った。
ラストに明治の物語の中に現行の日本国憲法、前文を力づくで挿入してくるところに演出家流山児祥の志の高さを見て拍手喝釆。
芝居のメインコピーにもなっている、「心に自由の種をまけ」 オッペケペ節のこの一節。しかと受け止めたい言葉である。
『オッペケペ』
「趣向と技巧と思想」 演劇雑誌テアトロ 2007年11月号劇評 水落潔
流山児★事務所が福田善之作、流山児祥演出『オッペケペ』をベニサン・ピットで上演した。1963年の初演を演出した観世榮夫との共同演出の筈だったが、観世が急逝したため、その演出意図を踏まえて単独演出となったそうだ。初演版に作者が手を加えた台本である。
舞台装置(水谷雄司)は客席が平土間の田舎の芝居小屋で、それを使い回して物語が展開する。このアイデアは上手い。題名から分かるとおり川上音二郎をモデルにした壮士演劇座長(河原崎國太郎)と彼を慕って一座に入った愛甲(里美和彦)を軸に、時代とともに変質していく一座の姿をフィクションを交えて綴っていく。63年といえば安保騒動が終わり、日本が政治の時代から経済の時代に大きく変化した時である。作者はそんな時代と音二郎の時代を重ね合わせて、人間の生き方を批評している。この作品も演劇の世界を素材にしていて、作品全体が演劇論、俳優論の側面を持っている。
構成の面白さといい批評性といい、作者の才能が分かる作品で、今もって生命力に溢れた戯曲である。演出は若者の群像劇として捉え、時の流れの中で苦悩しながら生きる若者の姿を多面的な視点で描き出す。そこが優れていた。
座長の妻に町田マリー、貞奴をモデルにした芸者に伊藤弘子、塩野谷正幸、さとうこうじら多彩な役者が出ている。私はプレビューを見たので個々の演技評は差し控えるが、若手の活躍する舞台なので演技力には差が出た。
『オッペケペ』 「多義的要素を再認識」 朝日新聞・演劇評 2007年9月7日 大笹吉雄
流山児★事務所が故・観世榮夫企画により、福田善之の「オッペケペ」(流山児祥演出)を再演している。ただし、63年の他の劇団による初演時は3幕15場で上演時間が4時間ほどだったのに対し、作者が改訂した今回は台本では2幕10場、実際は約2時間半の1幕に大幅にカットされている。いわば新装版である。
初演は安保闘争の余熱が残る「政治の季節」のただ中だった。だから、明治期に自由民権運動を経て演劇に
活路を見いだす川上音二郎をモデルにした城山剣龍と、城山に憧れて弟子になる壮士・愛甲辰也の造形を通して、政治と演劇の関係がクローズアップされたように覚えている。
しかし戯曲はこの問題のみを描いたのではなく、演劇論や俳優論を含む芸術論でもあり、日本の近代論でもあり、ある意味での人生論でもあるという多義的な要素をもっているのを、今回改めて再認識した。一言で言うと、とてもおもしろい。
大詰めで、旅順陥落のニュースが届き、日清戦争劇を上演し大当たりをとっている城山一座は沸き立つ。
その時、自由民権思想の根っこを忘れ、俳優業に専一している城山に、小倉袴に緋の陣羽織というかつての城山そっくりの姿で、愛甲が刀を抜いて「自由すてるも国のため……」
とオッペケペ節を歌い、舞いながら詰め寄る。21世紀の今日、歴史の回転扉はこの場面に新たなアクチュアリティーをもたらす。世界中で戦争が絶えず、そのために「理想」の火が消えかかったり、そのもの自体が顧みられなくなろうとしているからにほかならない。
が、舞台はこの戯曲のおもしろさを十分に生かし切れていない。原因は俳優の力不足と配役の問題だ。城山を演じる河原崎国太郎は元来が歌舞伎の女形で、清濁あわせ呑むがごとき男くさい城山のキャラクターとは落差が大きい。群集場面は演出の腕で見せるものの、落魄の中年壮士を演じる塩野谷正幸を除けば、それぞれの俳優に魅力は感じられない。
『オッペケペ』 産経新聞 2007年9月7日 文化欄「週末魅シュラン」 柳
「観世榮夫『新劇』セレクション」と銘打ち、演出家の流山児祥が44年ぶりに復活させた作品。脚本は福田善之。観世榮夫の演出作を流山児との共同演出、また榮夫の出演などといった形で復活させる計画だったが、榮夫が6月に亡くなったため追悼企画になった。
明治時代、近代演劇に挑んだ川上音二郎をモデルに展開する群像劇。自由民権を芝居で訴えようとする主人公に劇団前進座の女形、河原崎国太郎が挑み、その妻役を劇団「毛皮族」の町田マリーが好演。初演時は4時間だった大作を2007年版として2時間半に再構成。映像演出や歌が加わり、終始パワーに圧倒された。約120席に設定した空間ではもったいないと思ったが、流山児いわく「だからこそいい」。☆充実度99%☆
『オッペケペ』 藤田一樹の観劇レポート 2007/9/9 藤田一樹
1963年に福田善之さんが書き下ろされた戯曲「オッペケペ」を、福田さん自らが今年改訂されたものを携え、流山児祥さんが演出を手がけるプロダクションです。今回は観世榮夫「新劇」セレクションという名の通り、今年お亡くなりになった観世榮夫さんが企画された公演でもありました。
ベニサン・ピットという小空間での豪華キャストも魅力的。
約2時間30分をノンストップで駆け抜けながら、まるで大河ドラマのように長い年月を追っていきます。激動の時代背景に翻弄されていく登場人物たち、大きな壁にぶち当たり挫折を経験し、開幕と閉幕では人物像が大きく変化しているのが本当に面白かったです。演劇と政治の関りについての描写、また、登場人物が演劇という表現を模索していく過程も魅力的。そこに男女の愛憎劇も絡んでいきますし、劇中劇などの多重構造を設えた構成も巧妙で、非常に濃厚な作品に仕上がっていました。
劇場に入場する瞬間から仕掛けがあり、「オッペケペ」の世界に一歩近づいた気がしました。ベニサン・ピットの高い天井をしっかり埋めている舞台美術は、花道も設えてあるため舞台と客席の距離がとても近かったのが印象的。非常に贅沢な空間だと思います。軽快なテンポを刻む場面転換は効果的で、舞台に映像が重なる乱闘場面では鳥肌が立ちました。また、キャスト全員で「オッペケ節」を歌い踊り飛ばしてしまうのが痛快極まりなくて、燃え滾る情熱的な眼差しと冷やかに物事を見つめる冷静な眼差しが混在していて、この作品をより深いものに仕上げていると思いました。
一座の演目が「壮士劇」から「戦争高揚劇」に相違していくプロセスは、非常に胸に迫ってくるものがあるというか、この作品の真髄のような気がしました。作品全体としてはエンターテイメント趣向でありながらも、今この作品を上演する強い主張を感じ、終演後には強い感動を覚えました。
確かに2時間30分という長丁場は辛かったのですが、猥雑でエネルギッシュなエネルギーに満ちた世界が作品の面白さに直結していて、最後まで興味深く拝見できました。ですが、もっと上を目指せるんじゃないか、とも思いました。役者さんの演技に若干バラつきを感じたというか、特に若い役者さんとベテランとの差のようなものを感じました。でも、グルーブ感は素晴らしかったです。
●雑誌「join」「私の選ぶベストワン2007」「演出:流山児祥」:浦崎浩實氏
●
演劇雑誌「悲劇喜劇」2007年の収穫に選出。 岩佐荘四郎氏・鈴木達男氏・鶴田旭氏
●「シアター・ガイド」あなたが選ぶ2007ベスト・ステージに選出。
●「週刊マガジン:WONDERLAND」 2007ベスト・ワン「振り返る私の2007」に選出。 野原岳人氏・詩森ろば氏
『ヘレンの首飾り』 「悲劇喜劇」2007年10月号 「演劇時評」小野正和 酒井洋子
高田 その次にやりましたのが「ヘレンの首飾り」キャロル・フレシェット作、ジョン・マレル英訳ですね。これはフランス語で書かれてますね。吉原豊司訳、小林七緒演出、シアタ ー]でやりました。小林七緒は流山児★事務所の女優ですね。
酒井 この方は若手演出家コンクールで優勝した方じゃないかな。気鋭の演出家のようですが。
小野 同じカナダの演劇でも作者の立っている位相が違うと、その世界や表現の仕方が、当然ですが、すっかり変わるなあと。
高田 (笑)そうですね。
小野 どっちがリファインされてるのか一概には言えないですけども、現代との接点という点では「ヘレンの首飾り」のほうが大きいかなと思いました。この芝居を観ながら二つのことを考えていたんですが、一つは作者の世界の見方。今はパレスチナの内部抗争などに反映されてるんでしょうけど……前に「ビアドルローサ」というイギリスの芝居を観たことがありましたけど、それにも共通するところがあるんです。要するに現代社会を苦難の道としてとらえていること。もう一つは演劇的表現、身体的な言語を使って表現するあたりでした。 話は、旅の途中でなくした「空気より軽いプラスチック」の首飾りをなんとしても見つけたいヘレンの思いが全てです。
高田 そうですね。
小野 その探しものの旅の途中、「あんたはここに泣きに来たんだよ」と言う建築現場の男と出会ったり、息子に死なれた母親と出会って「無くしたものは二度と戻って来ないよ」と告げられる。そういう言葉にテーマが現れている芝居でした。
段差をつけた舞台装置、そこでの群像の動きが特徴的で。言葉だけだとやっぱり単調なんだと思いますが、そこにリズムを与えていたところが良かったと思います。「このままじゃいけない、こんなふうにはもはや暮らせない」というのがキーワードになってましたが。伊藤弘子というヘレン役の役者さんがとても良かつたのではないかと思いました。
高田 舞台はパレスチナが想定されてますね。
小野 あ、そうですね。
高田 ちょっと寓話的な感じがしましたけどね。
小野 そう……。
酒井 おっしゃったように、目も手も足もある幸せをいかしなさい、戦争で失ってしまうから。真珠の首飾りなんかなくしても、自分の体、生きてる命をいかしなさいと、それがモラルですよね。ヘレンは最終的にはいましばし自分の人生の無駄をそぎ落とそうといって中東に留まるという。仲間はみんな帰国してしまうんだけどね。 七緒さんって方は若い演出家らしく発想が自由で、頭から中近東の市場の雑踏を十何人くらいのコロスでワーっと動いて、要するに右に行ったり左へ行ってるあいだに首飾りをなくすんだと。私はしっかり見てたんで、首飾りをどこでとったか分かってたんです。私は女の客だから思うんだけど、冒頭にフワァーと暗いところで雑踏の音がして、彼女だけ真ん中でピンスポットで、首飾りをつけて嬉しそうに街を眺めてる姿を見せといて、それから雑踏に入っていって欲しかったなあ。じゃないと、雑踏の中にヘレンがいるってことが分からなかった。
高田 そうですね。
酒井 最初にあれやって下さると、もっと楽しかったと思うの。パーっと顔だけでいいから浮かんでて、やおら右に左に上手に下手にワーっとあっち行ったりこっち行ったり、それで首飾りがなくなったってやってくれたら、もう一つ楽しかったかななんて思いました。でも、とても自由な発想の演出でね、若い人は違うなあと思って見てました。
『ヘレンの首飾り』 「テアトロ」2007年9月号 中本信幸
カナダ現代演劇祭の一環として上演された流山児★事務所『ヘレンの首飾り』(作=キャロル・フレシェット、英語版=ジョン・マレル、訳=吉原豊司、演出=小林七緒)は、自分探しの旅に誘う芝居である。女主人公ヘレン(伊藤弘子)が、落とした「空気よりも軽いプラスチック真珠の首飾り」を探して、人種のるつぼと化し、炎夏と混沌で沸き返る異国の都市の雑踏をさまよう。タクシー運転手(里美和彦)、現場監督(水谷ノブ)、浮浪者(甲津拓平)ら異文化の人びとに出会ううちに、なぜここにやってきたのか、まったく価値のない人造真珠の首飾りにこだわるのかが、わからなくなる。繰り返されるヘレンの「このままじゃいけない。こんなふうではいけない」が、痛切味をおび、猥雑な中近東の情景が日本の近未来に思えてくる。群衆の生態を描く身体表現(振付‥北村真実)が効果的だ。シアター]の舞台機構を十分に生かした美術(小林岳郎)をほめたい。貧困、宗教的軋轢などを映し出せば、舞台はもっとふくらむ
『THE RETURN』 「文藝軌道」2007年10月号 劇評 2007春から夏にかけての舞台 野平昭和
オーストラリア演劇の日本上演は珍しいが、「SpaCe早稲田」 の空間で初めてお目にかかれたのも縁で、何もかもぴつたりという感じを受けた。狭く天井の低いスペースだが、真ん中に電車の車内を設け、対面的に、車輌の両側から、舞台を見ることになり、実際、オーストラリア西部のミッドランドからパースを経由してフリーマントルに至る実在の鉄道車輌に登場人物たちと乗り込んだ客の一人のような気分になつて、劇に巻き込まれることになり、臨場感溢れる舞台だった。
演出家流山児祥の言葉にもある通り、「深夜の最終電車の中で進行するサスペンス・ドラマ=人間ドラマ。基底にべケットの 『ゴドーを待ちながら』 や様々な演劇的知を想像させる若い劇作家ならではの不条理劇風テキスト」 であるが、筆者は同時に、現代オーストラリアの風土のようなものも感じ取って観ていた。オーガトラリアのミステリー作家ケンドールの短編を幾つか訳した時にも感じたことだが、場の設定が、登場人物はこの劇でもニューヨーク下町風のならず者であったり、おせっかいな中年の主婦であったりするのだが、幕切れの場面に見られるような、どこか熱い人間の血が流れているように見える処理が施されているのを見逃せないのだ。ミステリー小説の場合も、上田秋成風だったり、ゴシックロマン風でもあったけれど、生ま身の熱い人間の血のにおいが渉み出ていたことを思い出した。
前科者のもう若くないステイーヴ (千葉哲也) チンピラ風の若い前科者トレヴ (阿川竜一) ある意味で謎の女子学生リサ (大路恵美) 過去ある気のいい中年の主婦モーリーン(北村魚)そして最後まで正体のわからない中年の作家(塩野谷正幸) 五人の織りなす、息も継がせぬ九十分の舞台だった。よくあるカラミの手口でリサに迫るナラズ者二人に、見るに見兼ねて、余計なおせっかいをするモーリーン、危機迫る車内の風景もどこ吹く風とひとり手帖にメモをとり続ける中年男サイモンが、突然、豹変してピストルを突きつけステイーヴに迫り、弟のドミ:クを死に追いやった真相を吐けと迫る運びは、よくあるサスペンスドラマの手法とは言え、役者群の熱演と寸秒も忽せにしない演出の力で、対面舞台の客は、完全に車内の客の一人として劇に参加できた。
美術の塩野谷正幸、照明ROMI、音楽ヤヌー・アリエンドラを評価したい。この劇団の多面的活動は有名だが、「ハイライフ」に続く、この路線の今後に期待したい。
『THE RETURN』 迫力のある演技
「走る列車の中の人間関係」 詩誌「檪(くぬぎ)」39号 鈴木太郎(演劇エッセイスト)
流山児★事務所の「リターン」は、バースからフリーマントル行きの深夜の最終列車が舞台。スペース早稲田は、けいこ場兼劇場。その小さな空間の中央部分に鉄骨を組み立てて列車のイメージを作る。客席への出入り口を塞ぎ、両端に扉をつけ、「次はウエスト・ミットランド」などと次々に駅名がアナウンスされていくたびに音をたてて開閉する。それがまた効果的だった。客席は対面する形で設定されていた。塩野谷正幸の美術が冴えている。
登場人物はスティーブ (前科者。四〇代半ば近く=千葉哲也)、トレヴ(前科者、二〇代はじめ=阿川竜一)、リサ(学生。ミドルクラス。二〇代半ば=大路恵美)、モーリン(郊外に住む主婦。四〇代半ば=北村魚)、作家(男。ミドルクラス。三〇代半ば=塩野谷正幸)の五人。
作家のプロローグではじまる物語は、列車の進行にあわせて展開されていく。刑務所で知り合った前科者の二人が、電車に乗り込んで、わがもの顔で騒ぎたてる。やがて同乗している若い女子大生に絡み始める。そして、主婦と作家も乗り合わせる。一見、関連性がないように見えた登場人物たちが、過去に起きたひとつの事件の真相の解明へと収斂されていく。サスペンスタッチの要素を含みながら、悲劇の実態があきらかにされていく。思いもよらないラストでの急展開は身動きもできないほどに圧巻だった。
レグ・クリップ作、佐和田敬司翻訳、流山児祥演出。しかし、上演にあたっては翻訳台本を基に英語テキストを役者全員で読み込み、上演台本を作ったという。その関係もあってか、せりふが役者自身の体にしみこませたという雰囲気があり、自然体のなかに迫力があったし、違和感を与えることはなかった。
演技陣もそれぞれに見応えがあった。とくに千葉哲也は随所にでてくる長いせりふの上に、インディアンの戦の踊りのような激しい動きまでをも楽しむように演じていたのが印象に残った。若い阿川竜一も千葉哲也と絡みながらチンピラ風な役柄をみごとにこなしていた。そして、塩野谷正幸が作家という陰影のある役柄をこなして存在感を示していた。流山児祥の演出はスピード感があり、休む間を与えないし、せりふのかぶせも多用する。
一時間三〇分があっという間に過ぎていく。久々に充足感を味わった舞台であった。
『THE RETURN』
藤田一樹の観劇レポート 2007/4/2 藤田一樹
偶然同じ電車に乗り合わせたと思っていた5人の男女、でもその関係が偶然から必然に変わる瞬間が見所です。無口だった作家(塩野谷正幸)が4人の会話の一部始終を、メモに書き取っていたことが分かったあたりから、どんどん物語の世界へ惹き込まれました。そしてまったくの他人同士だと思っていた作家と、女学生・リサ(大路恵美)は恋人同士だったことが発覚。怒り狂うスティーブ(千葉哲也)とトレブ(阿川竜一)が作家を問い詰めると、彼はスティーブに向かって拳銃を向けました。そこからスティーブが以前起こした傷害事件の謎が浮かび、なぜ作家が彼を追っていたかが発覚していくのです。ポンポンと飛び交うテンポの良い会話を中心としながらも、次々と二転三転していくスリリングな内容のお芝居でした。このあたりから舞台に仕込まれた青い蛍光灯が光を放ったり、登場人物に対してシンプルながらも効果的な演出が観られます。内容はスリリングだといってもシンプルな舞台での会話劇なので、こういう場面を象徴するような演出効果は良かったです。
最後は終着駅であるフリーマントルまで電車が到着したため、5人の乗客たちがそれぞれ電車を立ち去っていきました。しかし車内で起こった事件の一部始終を見つめ続け、夫から逃げてきたモーリーン(北村魚)がただ1人出口の前で立ち止まる。そして電車は折り返し運転を開始していき、文字通り彼女は「リターン」する結果になります。絶望的な生活に嫌気がさして逃げてきたはずなのに、なぜ彼女はこういう結果を選択してしまったのか・・・。濃密で非常に深い余韻を残しながら、徐々に暗転していく舞台に惹かれました。でもただ単に楽しめる「サスペンスドラマ」というだけでなく、今作の舞台となるオーストラリアでの格差問題などの、社会情勢も描かれているんでしょうね。僕は無知なのでそこのところはよく理解できませんでしたが、知っていれば更にこの作品を楽しめるような気もしました。それに流山児さんの演出は、こういうタイプのお芝居にピッタリですね。僕は序盤のダンスシーンなどに必然性をあまり感じなかったものの、全体的にはクールかつシンプルで荒々しい雰囲気のなか進行し、細部ではトリックのように光る演出効果などに魅せられる結果に。
『THE RETURN』 季刊
『シアターアーツ』 2007年夏 31号 江森盛夫
流山児★事務所公演『リターン』(作=レグ・クリップ、演出=流山児祥)Space早稲田。オーストラリアのサスペンス・ドラマ。
郊外電車の深夜の最終電車の車両で中年と若い二人の前科者と、乗ってきた若い女と中年の男(作家)、主婦との終点駅までの時間に起こる恐怖感瀧る物語。暴力の表裏を知悉した流山児が、暴力が愛と真実に帰趨する人間ドラマを見事に展開した。千葉哲也、塩野谷正幸、北村魚が役の底から人間像を立ち上げた。塩野谷の硬質の美術も責献した。この種の芝居は以前の『ハイ・ライフ』と同様、流山児の独占場だ。
また、本多劇場で上演された楽塾十周年記念公演『楽塾歌劇☆真夏の夜の夢』 (作=W・シェイクスピア、翻案=野田秀樹、演出=流山児祥)は大成功だった。
『THE RETURN』 「映画芸術」 419号 伊藤裕作
失恋したあとタイトルが「リターン」 だから観るつもりになったわけではない。 愛する人が去る前から、この日この芝居を観に行く予定になっていた。
"ドラマティック・オーストラリア2006-2007参加"の芝居でオーストラリアの若手劇作家の戯曲である。
客席が対面式に作られた舞台は、フリーマントル行きの最終電車の車両という設定である。
傷害事件で半年の服役を終えた千葉哲也演じる男と、刑務所で知り合った阿川竜一が演じる若い男が、帰郷のためにそ
の電車に乗っている。そこへ法律を勉強している女子学生(大路恵美)と、夫と別れたばかりの主婦(北村魚)、そして作家役の塩野谷正幸が乗ってくる。男たちが女子学生にからみ始める。作家は見て見ぬふりを決め込んでいる。
やがて、作家と女子学生、そして服役を終えた男との関係が浮かび上がってくる。
男が起こした傷害事件の被害者が作家の弟で、作家は男に復讐を企てていた。
また作家と女子学生は恋人同士である。 さらにいえは、傷害事件を起こした男と作家の弟は男同士で愛し合っていた。
愛する者をめぐって繰り広げられる愛に不器用な者たちの愛憎と裏切りの人間
模様―――
愛する者は、カラダを張ってでも守らなければいけなかった。 この芝居を観ながら、わたしはこのこ
とに気づかされる。わたしは息苦しさを おぼえ始めていく。
こんな芝居体験は初めてのことである。
作家は、弟が男を真に愛していたことを知り、自分勝手な論理で心を弄んだ愛する女子学生とはつらい別れをすることになる。
救いは、この車内の愛憎劇をつぶさに見つめていた主婦が、どうしようもない夫のもとへ"リターン"していくことである。
その決意の場面を観ながらわたしは心の安らぎをおばえてい た。
わたしの失った愛する者がリターン"するという保障はなにひとつないにもかかわらず……である。
『THE RETURN』 「悲劇喜劇」2007年6月号 「演劇時評」 小野正和
・酒井洋子
―――次へ参りましょうか。「The
Return」です。これもオーストラリアの作家です。レグ・クリッブ作、翻訳・佐和田敬司、演出・流山児祥、場所はSpace早稲田。登場人物は5人です。
小野 終電の中のドラマです。サスペンス風というんでしようか、一時間半ぐらいのミステリー仕立てなので、構成は非常に緻密につくられている。語りがついているような…… リターンというのは意図されたリベンジなんでしょうか、スティーヴとトレヴの二人の刑期を終えた出所者がまず乗っていてということなんですが、あの取り合わせが面白かった
高田 千葉哲也と阿川竜一ですね。
小野 そうですね。それとたまたま終電車に乗り合わせるのはアル中の女性と法律を勉強している若い女子学生と作家。先ほども言いましたように密閉状態の中での出来事ですけれども、別にそれぞれが存在感を出しているところはあったと思います。巧んだ演技ということになるのでしょうか。
あの若者、出所者二人の激しい動きは印象に残りました。
酒井 ミッドランドからフリーマントルの終点までの最終便。しかも警備員がストライキで絶対乗ってない。ある種の究極の危険密室劇なんですね。しかも同時体験劇、つまりその時間時間、駅駅によって人が降りて、ほとんどだれも乗ってこなくて五人だけなんだけれども、その密室でのサスペンスというのがやっぱりうまく書けてますよ。 The
Returnというのも、帰りの電車という意味もあるけれども、リベンジというのもありますから、最終的には復讐劇だということがお客様に明らかになるわけだけれども、あの空間をうまく使ってました。パイプを組んで、上、下をドアにして、着くたび機械的に、バッと開いて閉まって、だれも乗ってこない恐ろしい時間をお客さんと共有させる。あれはうまいですよ。とてもいい芝居。よくできていたと思います。
酒井 私は今度観に行ったのは、役者さんがいいなと思って観に行った面もあるんです。千葉哲也さんて、ほかに二人といない俳優だなって思う。
どういう意味でかというと、よくああいう荒くれとか前科者とかなさるけど、今回女の子に絡んで絡んで、いわゆる今風の言葉でいうと、女の子をいじるといいますか、からかう。いじっていじって、嫌なやつなんですよ、常識的には。だけど最後に、その女が婚約者に裏切られて、男に「こっちこい」っていわれて、抱かれそうになるときがあるでしょう。そのときに私は観てる観客として、普通だったら、冗談じゃないんだけど、「行け、行け、千葉哲也のところに行け!」って思ってましたもの。千葉哲也の胸に飛び込めと思った。
そんなばかなことを思えるということは、千葉哲也にそういうセクシーな、理屈を超えた魅力があるということ。それを一観客に思わせたということはやっぱりすごい力だと思う。だって、理屈で考えれば、そんな前科者になびくわけないんですよ、法律を勉強している女子学生が。もしそこで関係ができて、恋愛関係になったらもちろん不幸になるんでしょうよ(笑)。
でもそういうことが起きたとき、なぜって聞かれたときに、それが人生のミステリーで、それなりの何かがあったというのを千葉哲也が体現していた。要するに、言うに言えない闇にあるもの、それを彼が俳優として体現していた。もしかしたら、ああいう瞬間には、女の人がハラッと行っちゃうかもしれないというのを下手に演じていたら絶対だれも信じない。台詞でそうなんだろうなと思うけど、「あれは行っても無理がなかった」って思わせるものを千葉さんは表現していたから、これは大変なことだと思う。
芸術というのは闇にあって見えないものを見せてくれるというのも大きな力だと思うから、私はそれは千葉という役者さんのすごさだと思う。 みんなよかったですよ。主婦の北村魚もよかったし、いいプロダクションだと私は思いました。
高田 あの狭いスペースで。
酒井 そう、あれは臨場感がありますよね。
高田 目の前で観られているから、下手なことはできませんよね。
酒井 そうですよね。それから、ヤヌー・アリエンドラというインドネシアの方が音楽を担当していらっしゃるんですね。これも効いていたし、ちょっとインディアン的な振りつけもよかった。こういうのもよく効いていました。 作家は愛を失うんだけど、結果的には弟が同性愛者であったという、普通に考えれば一家の恥の真実を知るというところに私には光明が差した。要するに作家でなくても真実を知るということは、闇の中に置かれているよりもいいことでしょう。
●雑誌「join」「私が選ぶベストワン2007」 「美術:塩野谷正幸」:江森盛夫氏
●演劇雑誌「悲劇喜劇」の「2007年の収穫」に選出される。 酒井洋子氏・中村哮夫氏・佐和田敬司氏
『浮世混浴鼠小僧次郎吉』 「
せりふの時代」2007年春号
ごまのはえ
流山児★事務所『浮世混浴鼠小僧次郎吉』を観た。二回も観た。
二回も観たけど、設定もストーリーもまるでわからなかった。せめて設定くらいわかってもいいものだが、舞台は銭湯で、どうやら焼け跡みたいで、流れ星が流れて……くらいしかわからない。タイトルにある鼠小僧次郎吉(五人も出てきた)も芝居の冒頭に出てきたが、自己紹介だけしてさっさと退場。あとは歌って踊ってあめ玉投げて、泣いて抱き合って、気がつけば終わっていた。
では面白くなかったかと言うと、そうじやない。面白かった。
作品の奥にいろんな怪物がうずくまってるみたいで、そいつらの姿がたまにチラっと見える。どこの誰かもわからない人物が、誰に向かって言ってるのかもわからないセリフなのに、不思議な化学反応をおこして、ぞっとするイメ−ジがこちらに伝わってくる。役者が齧るカブが空襲で死んだ人の頭に見えたり、舞台に張られた日の丸が射精のしすぎで出た血に見えたり。演じるほうも忙しい舞台だったろうけど、観ているほうも忙しかった。
特にお芝居の後半。出産後を思わせる姿をした女が「もう男の子なんか産んでやるか!」と叫ぶシーンがあったが、それが僕には、戦時下で国に息子をとられた母親たちの叫びに聞こえた。そして、舞台には空襲の爆音が響き、場面がかわると、アメリカ文化をわざと陳腐に着飾った男が、金髪の女三人と歌いながら客席にあめ玉を投げる。これは戦争、敗戦、占領時代そのままだ。
芝居ではその先は描かれないが、僕らはこの流れの先に、東京オリンピックがあり、バブルがあり、天皇の崩御があることを知っている。焼け跡に、茫然とした母親たちが再び子供を産み始めた、産みまくったことを知っている。
そして気持ち悪いものに感じてしまうのだ。焼け跡になるたび繁栄して、規模を拡大して、地方にまで種をばら蒔いて増殖した東京という街が。
もちろんそこに暮らす人たちにケチをつけるわけではないが、繁栄する東京はまるでネズミみたいだ。焼け跡になった時点で復興などせず、中近東のあたりにある美しい古都のように、訪れる人に偲ばれるような街になっても良かったんじゃないだろうか? 東京の繁栄には呪いすら感じる。呪いの正体は米だ。米文化の呪いだ。米とネズミと正常位はセットになって東京に呪いをかけてるんだ。そんなことまで考えた。
でもこのお芝居はこれだけ奥行きがありながら、とても単純に見える不思議なお芝居でもあった。何か意味を感じると、すぐにタイトルへ跳ね返されて 『浮世混浴鼠小僧次郎書』は『浮世混浴鼠小僧次郎吉』でしかないってことに帰ってきてしまう。
まるで、鼠小僧の正体を噂し合う町人に「鼠小僧は鼠小僧だよ」って、ささやくような意地悪さだ。変な言い方だけど、演出家もそう思ってたんじゃないかな。『浮世混浴鼠小僧次郎吉』を『浮世混浴鼠小僧次郎吉』にするぞって。
実際、そうなってた。『浮世混浴鼠小僧次郎吉』になってた。この着地点はすごい。 でもこれは単純とは言わないな。自明かな?ナンセンスかな?
まぁよくわかりませんが、楽しいお芝居でした。
『浮世混浴鼠小僧次郎吉』
「文藝軌道」2007年4月号 野平昭和
佐藤信のネズミコゾーを、1970年ではなく、2007年にに、六本木の自由劇場でなく、Space早稲田で観る不思議な感覚をどう扱えばいいのだろう、……と私の頭とか
らだは時空を越えて、アングラ古典を噛みし めていた。私ごとを書かせてもらうが、一九七〇年一〇月に一週間、六本木三保ガラス地下
の自由劇場で「劇団地下室」と銘打って自作 を上演したことなどを思い出してしまった)
「今回敢えて改訂を最小限にとどめた」とい う三十六年前に十歳だった演出の天野天街は、
「彼の時代にプチまかれた観念と彼の時代のクーキを呼吸する役者にあてられたコトダマ
を」一時間半みっちりと狭いスペース早稲田の空間に充満してくれた。銭湯のペンキ絵と浴槽と柘榴口の前で展開する「ヘヘ」「そそ」
「ぼぼ」「鼠一番、二番、三番、四番、五番」 「門番」「門番A」によって喋り動きまわる群像の奏でる歌声とせりふのぶつかる空間に、
「ジカンのフショクに耐えられるモノと耐えられぬモノがボンヤリみえたらいい」と意図した演出家が、実はあの時の、アングラ演劇発生間もない、「演劇の生き霊」とでも呼ぶしかないものを、時間の腐蝕に耐えて、ずし
んと伝えてくれた奇蹟の時間を、どっぷり味わって狭い階段を昇って外へ出ることが出来た。
若い役者とは、十年二十年、いや三十年も違う筈のトシを感じさせない役者、流山児 祥の門番の存在が浮き上がることなく、しっか
り舞台に嵌っていたことからも、それは明らかだった。結論めいたことを書けば、アングラだろうが、ウェルメイドプレイだろうが、
「劇」として、いいものはいい、ので、時間 の腐蝕を許さないものと、そうでないものが ある、ということを、あらためて確認した一時間半だった。
『夢の肉弾三勇士』の時も感じた ことだが、今後も、アングラの古典、名作(矛盾した言い方だが)を、あらためて見せても
らいたいと思いながらワセダを後にした。
『浮世混浴鼠小僧次郎吉』 「中日新聞」2007年
2月24日
見せた「身体の力」 安住恭子
流山児★事務所の「浮世混浴鼠小僧次郎吉」(佐藤信作、天野天街演出)を見た。三十数年前に「革命の演劇」とされた佐藤の作品が、名古屋の天野の演出で現代にどうよみがえるのかへの興味からだ。
盛んに劇中歌を歌い、わい雑に絡み合うといった、まさに当時のアングラ劇の作り。その中で描かれるのは、死のうとしても死ねない男女や、食うことに追われる男たち等々だ。ヒロインらしき女が赤と白の着物を着ているように、それらは綿えず日の丸のイメージの中で繰り広げられる。
そこに変わらない日本、変わらない民衆への佐藤の告発が込められているのかもしれない。だがそのことが取り立てて伝わって来るわけではない。天野はその戯曲をそのまま提示しながら、別の手法を加えることで現代との接点を作る。ダンスや映像などいつもの天野の視覚的仕掛けと、身体を駆使する演技だ。
そこから二重の身体性が現れた。一つは肉弾相打つエネルギーであり、もう一つは機械的なダンスによる、その熱を無化する力だ。振付もした夕沈の、どこにも着地しない浮遊する身体がその核になっていた。その結果、言葉や意味は無化され相対化された。それは「革命の演劇」の相対化でもあったと思う。
残ったのは身体の力だ。それこそが佐藤らの世代から天野らに伝えられたものだと思う。(15日、名古屋・七ツ寺共同スタジオ)
『浮世混浴鼠小僧次郎吉』 「ダンス・マガジン」2007年4月号 魅力あるからくり″劇
扇田昭彦
佐藤信(一九四三年〜)は黒テントに所属する劇作家・演出家で、一九九七年から五年間、世田谷パブリックシターのシアターディレククーも務めた。現在では演出家として見られることが多いが、一九六〇年代から七〇年代にかけての佐藤は、『鼠小僧次郎吉』五連作(六九〜七一年)や、『喜劇昭和の世界』三部作(七二〜七九年)などの作・演出で圧倒的な人気を集め、唐十郎とともに「天才」と呼ばれた書き手だった。
その後は旧作が再演されることも稀になって、いまでは佐藤信の劇作家としての華麗な才能を知らない世代も増えているが、そんな状況のなかで演出家・流山児祥が主宰する流山児★事務所が、佐藤信の戯曲『浮世混浴鼠小僧次郎吉』(一九七〇年、黒テントの前身の演劇センター68/70が初演)を東京・早稲田の小劇場「Space早稲田」で上演した。名古屋の劇団「少年王者館」を率いる天野天街(一九六〇年〜)の演出である。
初演以来、三十七年ぶりの再演だったが、これが目のさめるような優れた舞台だった(二月五日観劇)。才気あふれる佐藤の戯曲と奇抜で視覚性の強い天野の演出が呼応し、じつに刺激的な舞台が生まれたのだ。この舞台成果は間違いなく佐藤信の劇作の再評価につながるだろう。 『浮世混浴鼠小僧次郎吉』は佐藤の『鼠小僧』シリーズの第二作に当たる。劇中歌(今回は荻野清子と珠水が作曲)が多い、音楽劇スタイルの作品だ。 一言で言えば、これは変革を望む日本の民衆と、一向に到来しない革命との関係を、ポップ感覚の重層的な寓話劇として描いた作品である。到来しない革命には、ベケットの『ゴドーを待ちながら』の残響も感じられる。 たとえば、ドブのなかで暮らす五匹のドプ鼠は、鼠であると同時にしがない民衆であり、生活を変えようと流れ星に願いをかけた彼らは体制に敵対する鼠小僧に変身する。盗賊となった鼠たちは日本国家の象徴である「あさばらけの王」を盗もうとするが、いつも奪取の好機−「子の刻」を逸してしまう。鼠たちは特攻隊に員にさせられ、人々の頭上には流れ星ならぬ原爆が落ちてくる。敗戦を経ても根本的な変革は起こらず、「あさぼらけの王」はやすやすと生き延びる……。
この作品が初演された一九七〇年は、人々の間に革命幻想がまだ切実に残っていた時代で、私を含め当時の観客はまるでパズルのようなこの劇の複雑なアレゴリーを読み解こうと懸命になった。
#
続きを読む
『浮世混浴鼠小僧次郎吉』 「日本経済新聞」 2007-2-1夕刊 ステージ採点 河野孝
いま“アングラしている”のだという熱い舞台。「浮世混浴鼠小僧次郎吉」は黒テントの佐藤信が岸田戯曲賞を受賞した三十七年前の作品だが、天野天街の粘着質な演出で、面白く現代によみがえった。地芝居調で、映像の使い方もうまい。世直しへの幻想をこめた観念的を自棄と、大衆的なわい雑性が絶妙に溶け合っている。
『浮世混浴鼠小僧次郎吉』
「しんぶん赤旗」 2007年 2月5日
「深刻ぶらず軽快に」 北野雅弘(演劇学研究)
小劇場演劇がまだアングラ劇と呼ばれていた頃、演劇センター68/69(現在の黒テント)の佐藤信が七十年に初演し、七一.年に岸田國士戯曲賞を受賞した「鼠 (ねずみ)小僧次郎吉」連作の一つを、流山児★事務所が、少年王者舘を率いる天野天街の演出で上演している。
佐藤と流山児祥が小劇場のそれぞれ第一、第二世代を代表する人物の一人であるのに対し、天野は、ク・ナウカの宮城聰や山の手事情社の安田雅弘などとともに、その現在をリードする一人で、かれらの演劇は概して前の世代よりも視覚的な完成を重視する。天野はこれまでもこの劇団の演出を行っているが、今回は特に小劇場の世代間交流を意識しているようだ。
作品は、鼠小僧によって「時間」を奪われた世界で、「あさぼらけの王」に仕える門番(流山児)が真の銭湯を探し求める、という滑稽(こっけい)で抽象的な枠組みに、遊女のジェニー(伊藤弘子)と農民演劇を志す青年の心中未遂と、飢えた浮浪者たちの話が断片的に組み込まれている。前者にはブレヒトの「異化効果」の演劇の、後者にはベケットの不条理劇の残響を聴き取ることができるが、変化なき世界へのいらだちと漠然たる反逆の肯定が断片的なエピソードを支配している。
テキストは言葉遊びと反復を多用した独特のリズムを持ち、それは作品のテーマともあいまって焦燥感に近い感覚を生み、最後の立ち回りがカタルシス(感情の解放)になる。ミュージカル仕立てで、ダンスにもう少し美しさが欲しいが、音楽は古臭くなく親しみやすい。
上演は当時の熱気を伝えつつ、深刻ぶらず軽快にアングラ劇の古典を復活した。
『浮世混浴鼠小僧次郎吉』
週刊「マガジン・ワンダーランド」第29-30号
村井華代(西洋演劇理論研究)
◎相対化された「子之刻」=日本の「ゼロ時間」
今回の流山児★事務所公演は佐藤信の1970年の戯曲『浮世混浴鼠小僧次郎吉』である。演出は流山児★事務所五度目のゲスト演出となる天野天街。社団法人日本劇団協議会の「次世代を担う演劇人育成公演」枠の公演でもあり、事務所のアトリエSpace早稲田開場10周年記念公演第二弾にも当たる。流山児祥によれば、Space早稲田は、この戯曲が初演された「アングラ」発祥の地・六本木アンダーグラウンドシアター自由劇場の当時の空間に「そっくり」なのだそうだ。
▽「あさぼらけの王」とは何か
#
続きを読む
■2006の劇評集
■2004〜2005〜の劇評集
■〜2003〜の劇評集