北京日記vol.3  『ハイ・ライフ』篇


 

3月25日(土) 晴れ。

さて、いよいよ『ハイ・ライフ』。上演できるかどうか楽観できない芝居である。ムショ帰りの4人のジャンキーたちの銀行強盗失敗譚。中国には芝居に検閲がある。なんでも上演できる訳では無い。殺し、麻薬、宗教、同性愛は4大タブーである。数年前までは銀行強盗もタブーだったらしい。宗教以外はタブーづくしの『ハイ・ライフ』。あらかじめ検閲は通してあるがそれでも心配。

朝9時から『ハイ・ライフ』の仕込み。舞台、照明、音響と並行して準備が進む。照明が例によって大変。プログラム保存直前にコンピュータのシャットダウン。一からやり直し。吊りこみ、シュートまで終わった機材を「別の会場で使うから」と何故か持って行かれる。相変らずの北京マジック。

国際交流基金北京支部の栗山さんが応援に来てくれている。休憩時間にこれからの日中交流について話す。来年は日中国交正常化35周年の年、政治の世界は冷え切っているが文化交流は続けねば。昆劇とのコラボも日本の作品でなく中国の作品も考えられるね、なんて。次は2008年の北京オリンピックの年を考えている、2007年夏は香港で『人形の家』を中国の女優と劇団の男優たちで共同製作する企画や、ロシアや韓国でも作品を演出してくれないかと同時進行中。又、2008年にはイランとの共同製作の話も?目指せ、真の《道楽》=《世界》を漂流するボヘミアン演出家、つまり文字通りの「河原乞食」だ。

セットが夕方までに出来上がった。『静かなうた』とは一風違うおもむきの白一色の世界。白いリノリウム、白いガラス、白い浴槽、白いベッド、白い冷蔵庫白い扇風機。黒の丸椅子4脚。まるでコンテンポラリー・アートのオブジェだ。塩野谷正幸の美術。下北沢での上演を見た妹尾河童氏が絶賛してくれた美術。塩野谷正幸は30年前「演劇団」に舞台美術家志望で入団し、その後役者になった男。彼はもともと絵描きになりたかったのだ。中国では俳優が舞台美術家などスタッフを兼任する事はありえないらしく、ちょっとした話題の種だ。『人形の家』では音楽監督の本田実が役者で出ているし。前回は私自身も舞台に立っていた。より舞台を愛する者が舞台に立てばいい。

照明トラブルを切り抜け、何とか11時、本日の仕込み終了。「2週間でお互いのスタッフの呼吸が合ってきたな」と舞台監督のイワヲと笑う。久しぶりの寒気が北京を襲う。

 

 

3月26日(日) 晴れ。

朝9時からスタッフ・ワーク。お昼過ぎからゲネプロ。順調に進み気持ち悪いぐらい。が、途中で字幕用のパソコンが突然シャット・アウト。音響用パソコンに引き続き、3台目のトラブル。小川輝晃がメカに強い弟?に電話し修復を試みる。あおりを食らって、私の日記もここから「手書き」となる。

 

 

3月27日(月) 1日中曇り。

寒い、まるで冬に逆戻りしたような寒さ。おまけに1日中、黄砂が吹き荒れる中、10時劇場入り。1時から再び字幕チェック。毎回翻訳を頼んでいるイーランこと(山崎恵理子女史)のパーフェクトな翻訳で未だかつてないくらい直しも少なく、芝居にマッチしている。稽古に来られなかった彼女がビデオにあわせて細かい修正までしてくれたのである。感謝。まるで「漫画の吹き出し」のように白いセットに直接大きく字幕を映し出す方法をとる事にした。中国の人々は字幕を読むことにはなれている、テレビは全て字幕付、話し言葉は数限りなくあるが漢字は同じ。2時からリハーサル。北方昆曲院の先生方が見に来てくれている。今回は、東京公演より上演時間が10分伸びている、がこれでいく。字幕に対応させる為だ。本番では、はっきり心を入れて、せりふ言ってくれ!と4人の役者達にハッパ。若杉宏二以外の3人は初の海外公演、客の反応が気になるよう、とにかく東京と同じ気持ちでリラックスしてやれ、ただしニュアンスでなく「喜怒哀楽」をはっきり出して!と最後のダメ。開幕、前半は客も一体舞台上で何が起こっているのかわからない感じだったが、ドニー(保村大和)の登場シーンから笑いが起こり始める、幼稚園くらいの子供が、ひきつけを起こしたように大和の一挙手一投足を笑う、それにつられるように場内は笑いの渦。字幕なんて関係ない、せりふよりも役者の「存在」が面白いのである。コトバを超えた人間の面白さに北京の少年が一番に素直に反応したのだ。演劇の力である。4人の登場人物が絡みだすとラストシーンまで爆笑に次ぐ爆笑。観客全員、総立ちのカーテン・コール。ユエン・ホンと抱擁、花束。予想を超えた反応に劇団員全員が驚く。タブー満載の問題劇がついにベールを脱いだのである。麻薬銀行強盗、同性愛、殺人、衝撃の、コンテンポラリー・ドラマの北京上陸である。

 

 

3月28日(火) 晴れ。

お昼過ぎ、ユエン・ホンとホテルのラウンジで会う。タブー満載のドラマで「劇評」が書くに書けないと昨晩上演後、大変だったらしい。評論家もメディアも頭を悩ましているとのこと。役者達は劇評なんて出なくてもいいじゃないと意気軒昂。がプロデューサーとしては?ユエン・ホンとは2008年北京オリンピック後のコラボレーションについての意見交換。すべては解放軍歌劇院地下にこの夏誕生する「新北劇場」の活動が軌道に乗ってからだ。必ずや中国の小劇場運動のセンターとしての機能を「新北劇場」が果たすことになるだろう。4時役者・スタッフ集合。ダメだし稽古。本番までの間、今夏ベニサン・ピットで上演する寺山修司の『無頼漢』を読み直す。この映画シナリオを今年の岸田戯曲賞受賞作家如何に佃典彦が解体=再構築するか? 70年安保闘争を下敷きにした反権力の「お祭り一揆」をいかに描くのか?塩野谷を軸に劇団員総出演、観世榮夫さんや燐光群の下総源太朗、桟敷童子の池下重大といった異色の客演を迎えてメチャクチャなチャンバラ活劇をやるつもりである。又、秋には同じベニサン・ピットで『人形の家』を原題の『狂人教育』に戻し劇団員総出演で3ヴァージョン上演!!する。今年は久しぶりのテラヤマ・イヤーである。

あっという間に本番。今日もほぼ満員、反応は昨日より早い。最初の麻薬注射をディック(若杉宏二)の足の裏にバグが打つ時から爆笑が起こる。あとはラストまで爆笑の連鎖。字幕とのタイム・ラグもなくメチャクチャ笑いに包まれ感動のカーテン・コール。稽古の段階から反日感情に考慮して自主規制した「バカヤロー」という台詞が熱を帯びてつい出てしまう場面もありヒヤヒヤしたが、嫌悪感よりも笑いや芝居の集中力が勝っていた。客席に中国演劇研究者でもある旧知の演劇評論家の瀬戸宏氏を発見。昨日北京に来たとのこと。面白いと絶賛。今後の日中コラボレーション企画への協力を頼む。

 

 

3月29日(水) 晴れ。

北京について2週間目から下腹部がシクシクし、尿に血が混じっている。病院に行こうと思っているのだが、東京に帰ってからでいいだろうと酒飲んで痛みを麻痺させている。『幕末2001』という芝居で関西・九州を2週間ツアーした時と同じ症状。あの時は熊本で血尿が出て、前立腺炎の疑いで検査したが異常なしであった。(帰国後検査、極度の疲労による前立腺炎と診断。とにかく休めと医者に宣告される。) ま、年齢を自覚した北京ツアーであった。午後2時から、3時間中国の若手演劇人とのシンポジウム。出席者は13人の演劇記者、評論家、学者、演出家、劇作家、プロデューサーなど。日本演劇の俳優養成、小劇場の現状、日本演出者協会の仕事について聞かれるままに話す。中国演劇界の商業化についての批判が多く語られる。これからの中国の小劇場運動を牽引するのは君達だとけしかける。「北京晩報」「法制挽報」に『ハイ・ライフ』劇評が大きく載る。「新京報」には本日千秋楽の報も。モット早く掲載してくれよ!いよいよ、千秋楽。4人の男たちが荷物の搬入用エレベーターに。4人の登場は轟音と共に劇場搬入用エレベーターから、まるで四角いジャングルにプロレスラーよろしくジャンキー達がリング・インし闘うのである。超満員札止め大爆笑で流山児★事務所3本レパートリー上演千秋楽の幕が降りた。『ハイ・ライフ』上演は中国演劇界にある種の衝撃を与えた。劇場空間とは治外法権の解放区であるという原点、人間という生き物の不条理さ、日本演劇の持つ多様さ、を確実に伝えたと思う。劇評は出ないだろうという予想に反して『ハイ・ライフ』の劇評はひきもきらず今も出ているとのこと。

 

 

※以下劇評ピックアップ。

 

 

■『人形の家』●「モダンな感覚と日本の伝統的な音楽舞踊の要素に彩られたオペレッタ。その演技演出スタイルは再び中国演劇界を魅了し、衝撃を与えた」(北京晩報)●「伝統的な民衆芸術と不条理なスタイルが入り混じるオペレッタ。そのテクニックは中国の演劇ファンを歓喜させた。シンプルな装置に叙情的で時には荒々しい音楽と共に芝居全体のビジュアル性が豊か。」(新京報)●

「人形たちが北京の観客の心を動かした!巧みな演技、独特のパフォーマンスが観客を征服。」(京華時報)●「日本の林兆華:流山児祥によるモダン音楽劇は以前よりパワーアップし、視覚効果、視聴効果充分満足いく作品で舞台元素の総合運用と舞台を制御する能力を示し北京の観客を再び魅了。」(新京報)●「悲しき都市の寓話 鳴り止まぬ拍手、再び実験演劇の観念を提示し、北京の観客を熱狂の渦に。」(北京青年報)    

■『静かなうた』●「芝居の中で言葉は全て取り除かれ、肉体と詩的感覚の残る空間のみが残される優秀な作品」(法制晩報)●「9人のアーティストによる精神演技と感情解釈を用いた特殊な作品世界の何処でも起こりうる愛と死と再生の物語」(中国文化報)

■『ハイ・ライフ』●「間抜けな悪党がひとつのかごの中! 4人の表現力溢れる役者達が北京の観客を征服。タブー満載の作品。(略)規則に縛られて匍匐前進し良心をごまかして生き長らえている私たちと、自由自在だが失敗して落ちぶれている彼らと比べてどちらが「生きている」といえるか?(略)『ハイ・ライフ』は中国演劇の贅沢で派手な傾向に対して大きな風刺になっていた。シンプルな舞台と強い表現力で充分に「演劇の仮定性」の魅力と可能性を展開した。」(新京報)●「実にリアルで衝撃的ドラマ。舞台上で見る4人の前科者のたくらみや、筋肉の引きつり、呼吸の激しさ。観客全員が4人と一緒に現場にいるよう!」(法制挽報)●「役者の研ぎ澄まされた演技が際立つ現代版のゴドーを待ちながら」(北京晩報)

『人形の家』『静かなうた』『ハイ・ライフ』の解放軍歌劇院での上演には約3000人の観客が詰め掛けた。日本の劇団がレパートリーを3週間にわたって上演するという歴史的な快挙。30日世話になった劇場の片づけを終えて31日帰国の途につく。帰路、北京空港でアクシデントのオマケ付き。通関で小道具のピストルが大問題に!入国の時、簡単に入国できたのは良かったのだが「舞台小道具」であるとの証明証が無い。誰が入れたんだ?!ということで一時騒然。が、何とか通関を終え無事帰国。再見!!北京。私たちの「演劇の冒険」の旅は続いている。次は何処へ?

 

 

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